「なんだこの音」

「これは……結界を突破されたみたいね」


 学園を覆っている外敵の侵入を拒み、侵入された場合は知らせる結界。

 それが突破され、けたたましいサイレンが鳴り響く。


「ついに来たのか」


 長く待たされたぞ。

 やっと戦える。

 

「侵入者を探しに行く。あんたは俺と一緒に」

「――術式展開」

「「――!?」」


 他人の魔力が拡散する。

 何者かが術式を行使した気配。

 それを感じ取ったが最後、俺たちは囚われた。

 血のように赤い結界に。

 結界の中心から、高らかな笑い声が響く。


「ギャーハハハハハハハ! 殴殺だぁ!」


 学園を覆う赤い結界。

 さっきから身体に起こっている違和感。

 間違いない。

 情報にあったギガスの術式だ。

 つまりここに奴がいる。

 聞こえてきた笑い声はギガスのものだ。


「余裕ですね、この状況で」

「ん?」

「笑っていますよ」

「ああ、ついな」


 強敵と戦える。

 そう思うと無意識に口が緩んでしまう。

 

「声がしたほうに行く。走れるか?」

「ええ、まだ平気です。急ぎましょう。手遅れになる前に」

「ああ」


 俺は王女様の手を引いてかける。

 結界の中心は中庭のほうだ。

 俺たちがいる裏庭からぐるりと回っていくと、大きな噴水がある広間に到着する。

 その噴水の上に、ギガスは立っていた。


「あれがギガスか。いかにも悪そうだな」


 半裸で巨大なグレートアックスを担いでいる。

 筋骨隆々で日焼けした肌も相まって、豪快で凶悪な罪人っぽさ満載だ。

 

「さーて、目当ての姫様はどこかなぁ~」

「この結界はお前のものか!」

「あん?」


 ギガスの周りにぞろぞろと生徒や教員が集まってくる。

 腕に自信がある者たちだろう。

 学園に残っている者で、数十名が彼を取り囲む。


「なんだ雑魚ばっかりじゃねーか。めんどくせーなぁ、てめぇらに用はねーんだよ」

「おかしなマネはよせ! 早く結界を解くんだ!」

「うるせぇぞ、雑魚が」

「え……」


 次の瞬間、ギガスに物言いした男子教員が両断される。

 無残に、真っ二つに。

 

「っ、魔術を放てぇ!」

「――ひひ」

「まずいわこの流れ! やめさせないと!」

「もう遅い」


 残念ながら彼らは術式を発動してしまっている。

 取り囲んだ数十名が一斉に。

 本気で術式を発動し、ギガスを攻撃した。

 学生を含むといっても、魔術師数十名の一斉攻撃だ。

 囲まれて逃げ場はなく、直撃は必至。

 王女様はギガスの身を案じたのか?

 否、そんなわけがない。

 彼女が制止しようとした理由は、すぐにわかる。


「――いいねぇ、美味かったぜ」

「なっ……馬鹿な! 無傷だと!?」

「お返しだぜ」


 ギガスはグレートアックスを振り上げ、地面に向かって振り下ろす。

 衝撃と破壊力は拡散し、四方を粉砕する。

 集まった者たちはその衝撃に吹き飛ばされてしまった。

 凄まじい威力の正体は魔力の放出だ。

 彼女術式、この赤い結界の効果は、捕えた者の魔力を吸収し、術者に還元すること。

 放たれた魔術は全て、術者であるギガスに吸収され彼を強化した。


「なんて威力……」

「こうやって街を壊滅させたんだろうな。納得だ」


 俺の魔力も徐々に吸われている。

 術式を使わなくても吸収され、術式を使えばさらに速い。

 この結界の中であいつと戦うのは不利だが、逃げようにも結界も同様の効果を持っている。

 外からの破壊も、魔力の吸収によって時間経過と共に硬度が増す。

 つまり、奴を倒さない限りこの結界は解けない。


「オレらの魔力も吸われてな。うっとうしい」

「わ、私たちも手伝いましょうか?」

「大丈夫、俺がやる」


 話しながらイヤリングを外し、王女様に渡す。


「二人はもしもの時、王女様を守ってくれ」

「おう」

「わかりました」

「……お願いしていいのね? リイン」

「ああ」


 珍しく面白そうな相手だ。

 しかも相手が罪人なら手加減の必要もない。

 さっきの衝撃で周りに人はいなくなった。


「ん? そこにいるのはターゲットか! 隣の男はいらねーなぁ!」

「リイン! 後ろ!」


 豪快にグレートアックスを振り下ろす。

 その一撃を、俺は刀を抜いて受け止めていた。


「――!」

「せっかちな奴だな」

「あんまり時間かけないでよ。こんな臭そうな男に魔力座れるの、オレは嫌だぞ」

「頑張ってくださいね、リイン」


 グリムとヴィルの言葉を受け取り、俺はグレートアックスを弾き、がら空きになった腹に蹴りを入れる。


「うおっ!」


 戦いやすいように王女様から距離を空ける。

 吹き飛んだギガスは空中で体勢を整え、地面を削りながら止まる。


「いい蹴りだな。お前は楽しめそうだ」

「こっちのセリフだ。ガッカリさせないでくれよ」


 俺は正眼の構えをとる。

 ニヤリと笑みを浮かべ、ギガスが先に動く。

 吸収した魔力を全身から放出し、身体能力を向上させている。

 一瞬にして間合いをつめ、アックスで斬りかかる。

 俺は横に回避した。

 アックスは地面に衝突に、亀裂を生む。


「いい反応だ!」

「嬉しそうなところ悪いけど」


 胸ががら空きだ。

 俺の刀がギガスの胸部を捉える。

 完璧に入った。

 が、浅い。

 刃は通っても深くは入らない。

 ギガスは斬られてもお構いなく、グレートアックスを振り上げる。

 俺はギリギリでのけぞって回避し、数歩下がる。


「傷が……」


 治っている。

 一瞬目を離した隙に。

 情報にもあったが、この術式内での奴は自己治癒能力を持っている。

 周囲から吸収した魔力を全身に纏い、肉体の硬度も増した。


「……ふっ、斬りごたえがありそうで安心したよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る