第六章 王女様の秘密
壱
「明日から君たちには学園で授業を受けてもらう。受ける授業は自由だが、既定の単位数を獲得しなければ進級試験を受けられない。サボっていると進級できないから気を付けるように」
教壇に立つ先生が淡々と学園の仕組みについて説明している。
誰もが集中して聞いている中、俺とアイリアは僅かに集中を欠いていた。
特に俺よりアイリアが緊張している。
さっきからチラチラと俺のほうに視線を向けていた。
正確には俺ではなく、俺のさらに隣に座っている女性のことが気になるのだろう。
ミストリア王女……。
イブロニア王国の王族、当代では唯一の女性。
噂では聡明で美しく、まさしく王家に生まれた女性を象徴するようなお方だとか。
確かに雰囲気はある。
こうして隣に座っているだけで、他の貴族とは違うというオーラが漂う。
十数分経っている今も、姿勢がまったく崩れていないし。
よほど厳しく教育されたのだろう。
関心するより気になるのは、どうして彼女が俺の隣に座ったのか。
単なる偶然?
いや、声をかけられた時点で席は他にも空いていた。
わざわざ俺の隣に座る意味はどこにある?
意図的だとすれば理由は?
俺が考え過ぎているだけならいいんだが……。
「そのイヤリング」
唐突に、王女様のほうから声をかけられる。
俺は小さく反応して振り向く。
「素敵ですね。とても似合っていて」
「……どうも」
彼女はニコッと微笑む。
説明中に声をかけてきて、言いたいのはそれだけ?
意味が分からず内心首を傾げる。
今のやり取りに何か特別な意味でもあったのか。
それとも、まさか気づいている?
二人の偽装を……。
ふと、王都の街を散策していた時に耳にした噂を思い出す。
ミストリア王女は人の心を見透かす。
何の根拠もない噂だ。
彼女の透き通るような青い瞳に見られると、自分の内側を覗かれているような気分になる。
確かに独特で綺麗な瞳をしているとは思った。
所詮は噂、感じ方の問題だろう。
そう思っていたけど……まさかな。
「説明は以上だ。特に質問がなければこれで終わる」
先生の呼びかけに静寂が返ってくる。
質問は出なかったようだ。
先生はこくりと頷き、最後の挨拶をして去って行く。
一時間弱。
座って説明を聞いているだけというのも退屈だ。
訓練している時のほうがよっぽど楽に感じる。
俺は立ち上がる。
「リイン・ウェルトさん」
俺の名を呼んだのは、ミストリア王女だった。
隣に座っていたアイリアがびくりと反応する。
説明中に声をかけられた以上の驚きはなかった俺は、落ち着いて彼女のほうへ振り向く。
目と目が合う。
妖艶で美しい青の瞳……吸い込まれそうな感覚。
これを見た誰かが噂を流したのなら、そいつにはきっと誰にも話せない秘密があったに違いない。
「これから新入生です。共によき学園生活を送れるといいですね」
そう言ってニコリと微笑み、彼女は右手を差し出す。
握手がしたい様子だ。
わざわざ俺みたいな辺境貴族の息子に丁寧な口調で話しかけてくれる。
有難いが、変に目立つから控えてほしい。
今もチラチラ周りに見られている。
ここで握手を断ったらもっと目立つから、俺は彼女の手を取る。
「こちらこそ、王女様と共に学べる幸運に感謝します」
社交辞令の挨拶を口にして握手を交わす。
軽く握手したら手を離すつもりだった。
けれど彼女の手は優しくも確かに、俺の手を握って離さない。
王女様はかみしめるように瞳を閉じる。
「……やはり、思った通りの人ね」
「王女様?」
五秒ほど握手をして、彼女は手を離す。
そしてニコリと笑顔を見せる。
「リインさん、今から少しだけお時間を頂けませんか?」
「え?」
「あなたと二人で、お話したいことがあるんです」
「……えぇ!」
声を上げたのは俺ではなくアイリアだった。
そりゃ驚くだろう。
一国の王女が公衆の面前で男を誘った。
しかも相手は辺境のしょぼい貴族の息子ときたものだ。
アイリアだけじゃなくて、周りのみんなが目を丸くしているのがわかる。
「わかりました」
さすがに断ることもできない。
貴族の立場も面倒だ。
俺は心の中で軽くため息をこぼす。
「では場所を移しましょう」
そんなこんなで、俺は王女様と一緒に学園の廊下を歩く。
王城様は注目の的だ。
なぜか一緒に歩いている俺は、疑問の的だ。
「王女様と一緒にいる男って誰だ?」
「知らない。見たことないし一般人? いや辺境の貴族か?」
「なんでそんな奴が王女様と?」
ひそひそ話が丸聞こえだ。
目立ちたくないとか考えていたわけじゃないけど、こういう目立ち方は予想外。
どうせ目立つなら強さに注目してほしかったな。
そうすれば俺に挑んできてくれる強者に出会えそうなのに。
「ここならいいでしょう」
たどり着いたのは木々が生い茂る自然の中。
学園の敷地は広く、建物の外には大きな庭がある。
たぶん敷地内のどこかだとは思うけど……。
右も左も木と自然。
こんな何もない場所には誰も来ないな。
というわけでもなく、なぜか白く丸いテーブルと椅子がセットされていた。
「ここ、学園の隠れスポットなんですよ」
「そうなんですね」
「ええ、恋人同士の」
「……」
本当に何のつもりなんだ?
両耳のイヤリングも変に揺れている。
頼むから大人しくしていてくれ。
一般学生ならまだしも、王女に悪魔同伴がバレたら最悪だから。
「座りましょう」
「はい」
俺たちは椅子に腰を下ろす。
向かい合い、風が吹く。
そうして彼女は口を開く。
「リインさん、あなたにお願いしたいことがあるんです」
「なんですか?」
少し身構える。
へんてこなお願いならどうやって断ろうかと。
「私のボディーガードをして頂けませんか?」
思ったより普通のお願いで、逆に驚いた。
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