伍
出鼻をくじかれた気分だ。
というか恥をかいた。
勝負を受ける気満々だったのに。
「どういうつもり? 兄さんらしくないね」
「俺にもいろいろあるんだよ。昔みたいにどこでも勝負吹っ掛けられる立場じゃないんだ」
「へぇ、それは負けて恥をかくから?」
「バーカ、そういうことじゃねーよ。ここは学園の中だ。俺たちの屋敷じゃない。勝手なことしちゃ周りに迷惑がかかる。そもそも私闘は禁止だからな」
兄さんは淡々と理由を語る。
どれも普通の内容。
一見して戦いから逃げる言い訳だが、どうにも逃げているように聞こえない。
明確に自身の立場を把握し、周りに気遣っている感じがする。
毎日毎日勝負しろ。
俺の予定なんて気にせず、自分の意志を主張する。
感情のままに言葉を使い、行動していた兄さんが……理性的に物事を判断している。
「兄さん……」
「なんだよ」
「成長したんだね!」
「誰目線で言ってんだ!」
でも怒るときに大声を出すのは相変わらずらしい。
兄さんらしさも残っていて少しホッとする。
「ったく、そういうお前はどうなんだ?」
「何が?」
「聞いたぞ。一年半もどっかで修行してたんだろ?」
「ああ、お父様たちから聞いたんだ」
学園に在籍中も手紙でやり取りしたり、長期休暇で顔を見せたり。
兄さんは意外とマメな性格だ。
「どこで何やってた知らねーが、強くはなれたのかよ」
「うん、おかげさまで。たぶん、この学園で一番強いと思うよ」
「――! へぇ、そいつは楽しみだ」
ほんの一瞬、昔の好戦的な兄さんの顔が見えた気がする。
俺も少し楽しみだ。
兄さんがどれだけ成長したのか。
俺たちは向かい合う。
きっと兄さんも内心では、今すぐに戦いたいと思っているに違いない。
そこへ駆け寄る足音。
「グエル先輩! こんなところにいたんですか!」
「ん? なんだパティか」
「なんだじゃないですよ! このあと会議があるって言ったじゃないですか!」
「わかってるよ。ちょっと用があっただけだ。会議には戻るつりもだったぞ」
兄さんと親し気に話す女性。
銀髪のショートでどこかボーイッシュな女の子が俺に気付く。
「あれ? 新入生……もしかして弟さんですか?」
「おう、こいつがリインだ」
「兄さん、この人は?」
「こいつはパティ。俺の後輩で、学園での部下みたいなもんだな」
「こんにちは! リイン君」
「どうも」
俺は軽く会釈をする。
後輩、部下……まさか兄さん……。
「ダメだよ兄さん、後輩さんをパシリにしたら」
「ちげーよ」
「そうですよ! 君のお兄さんはとっても凄い人なんですよ? なんたって学生会十傑の一人ですから!」
「学生会十傑?」
聞いたことない名前だ。
俺はキョトンとする。
二人ともそんな俺をみて、驚いた顔をする。
「リイン君知らないの?」
「アイリアは知ってるんだ」
入ったばかりなのに凄いな。
とか思っていたら、兄さんがため息をこぼす。
「あのなぁ、興味ないにも程があるぞ。いいか? この学園での意思決定機関は大きく三つある。一つは学園長と理事たち、もう一つが教師陣、そして最後……学生の声を代表する組織、それが学生会十傑だ」
「学生の中から選ばれた十人で構成される組織です。十傑の権限は教師陣や理事と同等なんですよ。そしてグエル先輩は三年生にして四席になった凄い人なんです!」
「やめろパティ、あんまり誇張するな」
「えぇ! 凄いことですよ! 三年で四席になれた人ってほとんどいないんですから!」
二人の説明を聞いてなんとなくわかった。
要するに生徒会みたいなものか。
「その十傑の基準って何なの? 強さ?」
「基本はそれだが、学園での影響力とか功績も含まれる。単純な強さじゃない。ただ、強くない奴は入れない。特に上位はな」
「へぇ、じゃあ兄さんの上に三人いるんだね」
「ああ、そうなる」
兄さんは腰に手を当てため息をこぼす。
「本当はお前が入学するまでに一席になってやろうと思ってたんだけどな。なぁリイン、ここにはいるぜ? 想像を超える怪物みてーなやつが」
そう言いながら兄さんは不敵に笑う。
想像を超える怪物か。
兄さんがそこまで他人を認めるなんて……丸くなったのか、それとも本当に怪物か。
人間の学園なんて大したことない。
そう思っていたけど、案外楽しめるかもしれない。
ただ……
「それでもたぶん、俺のほうが強いよ。想像なら何度も……超えてきたからね」
シャリンと、イヤリングが揺れる。
強がりではなく、確かな自信の言葉だということが、兄さんには伝わったはずだ。
兄さんは笑みを浮かべる。
「楽しみだな」
◇◇◇
宿屋に戻った俺は、一週間お世話になったお礼を伝えて学園に戻った。
寮は学園の敷地内にある。
すぐに通えるから朝が楽そうだ。
のんびり移動したせいで時間ギリギリになる。
俺は駆け足で建物に戻り、空いている教室を探す。
今日は説明だけだからどこでもいい。
「ここでいいか」
適当に空いている教室の席に座る。
アイリアは心配していそうだがら、明日謝っておこう。
「お隣いいですか?」
「どうぞ」
別に声なんてかけなくていいのに。
わざわざ律儀な女性だ。
俺は特に顔も見ずに了承した。
残り数分で説明が始まる。
そこにアイリアが駆け込んでくる。
「やっと見つけた」
「アイリア。もしかして探してたのか?」
「うん。説明も一緒に聞きたくて。隣の席――え」
「ああ、さっき一人」
ここで初めて、隣に座っている女性を見る。
黄金の髪に美しく白い肌。
横から見える青い瞳。
貴族らしい高貴な雰囲気で、人形みたいに整っていた。
「み、ミストリア王女様!」
「……え?」
王女?
驚くアイリア。
隣の席の彼女は、俺のほうに顔を向けてニコリと微笑む。
「はい。ミストリア・イブロンです」
家名は国の名前。
高貴な雰囲気は当然。
偶然が奇跡か。
俺の隣に座ったのは、この国ただ一人の王女様だった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【あとがき】
第五章はこれにて完結となります!
次章をお楽しみに!
できれば評価も頂けると嬉しいです!!
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