イブロニア王国。

 人間界最大の国家にして、世界人口の約七割が所属している。

 主要都市である王都には約二百万人が暮らしているとか。


「だからこんなに人混みが……」


 まぁ東京よりはずっとマシだな。

 人にぶつからずには歩けないほどの込み具合じゃない。

 道を選べば空いているところもある。

 俺は意識的に人がいないほうへと進んでいく。


(これからどうするんだよ)

「うおっ、ビックリした」

(何驚いてんだよ)


 脳内に直接声が響く。

 夢魔である彼女たちは、特定の相手に言葉を介さず意思疎通ができる。

 わかってはいたけど、急に頭に声が響くのは変な感覚だ。

 周りの人にはいきなり驚いて、変な奴だと思われただろう。

 俺は逃げるように早歩きして、人がいない路地へと入る。


「今日は宿探しだ」

(宿?)

「ああ。入学すれば寮がある。遠方から来る人間のほとんどは入寮する。俺もその予定だ。けど早く到着したからな。一週間このままだと宿なしだ」

(そんで宿探しか。めんどくさそうだな)


 顔は見えないけど、グリムがニヤついているのはわかった。

 困っている俺を見て楽しんでいるな。

 ついでに彼女は魔王城から外にでた経験が少ない。

 知らない場所で生活する大変さをわかっていないようだ。

 いずれわからせてやるとして……。


「早く見つけないと。もう日が暮れる」

(広いところにしろよ!)

「贅沢言うな。元々宿泊する予定じゃなかったから金がない」

(は? お前貴族だろ?)


 辺境の貴族を舐めすぎだな。

 貴族といっても、普通の家庭よりちょっぴり裕福な程度だ。

 それに両親はしっかりしている。

 無駄なお金を持たせてはくれなかった。

 だから探すのも賑わっているエリアから外れて、お店や学園には遠い場所だ。

 どうせ一週間過ごすだけの場所。

 広さは多少の我慢がいる。


「ここでいいか」


 手頃そうでレトロな建築の宿屋を見つける。

 レトロでもしっかりした作りだ。

 受付のおばさんに声をかける。


「すみません。一週間ほど宿泊したんですが、何部屋空いてます?」

「なんだい? お兄さん見たところひとりじゃないか。悪いけど一人で二つ以上は借りられないよ」

「そうですか。じゃあ一部屋でいいので、なるべく大きい部屋は空いてますか?」

「あるよ。誰か客人でも呼ぶのかい?」

「まぁそんなところです」


 悪魔二人が同伴してますとか、さすがに言えないな。

 お金に余裕があれば二人の分を別で取るんだが、一週間分となると厳しい。 

 やろうと思えば魔剣でいつでも屋敷や魔王城に戻れるが……。

 元気よく出発して、一日で戻るのはなんかこう、恥ずかしいからな。


「はいよ、これ鍵。友達呼ぶときは連絡してね」

「はい。そうします」

(嘘つきだな)

「ん? 何か言ったかい?」

「なんでもないですよ」


 俺は慌てて鍵を受け取り、そのまま階段を駆け上がって三階の部屋に入る。

 扉を勢いよく閉めたら、小さくため息をこぼす。


「おい、グリム」

「なんだよ。嘘つきは事実だろ」


 さっきの声はグリムだった。

 二人はイヤリングから元の姿へと戻る。

 部屋は一人用でベッドも一つ。

 三人が並ぶと少し狭い。

 広い部屋を見つけなかった嫌がらせか?


「お前だけ今夜は外で寝てもらうか」

「は? なんでだよ! 乙女を野宿させる気か?」

「乙女? 野獣の間違いだろ?」

「なんだとこのー! ぶっとばしてやるから表出ろー!」

「お、お姉ちゃん静かに。バレちゃうよ」


 ヴィルが能力で上手く音や気配は誤魔化してくれている。

 それも限度があるみたいで、あまり騒ぐといけないそうだ。


「まぁ冗談はさておき、ベッドが一つだからな。お前ら使っていいぞ。俺は椅子で寝るから」

「そんなのダメですよ」

「そうだぞ! リインは床でいいだろ」

「グリム。そこで三回回ってワン。俺が止めるまで続けてろ」


 罰としてグリムは部屋の端っこでくるくる回っている。

 吠える合間に文句を言っているが無視。


「女の子を床や椅子で寝させるのはよくないだろ」

「で、でもここのお金を払ったのはリインですよね?」

「あれも結局は家のお金だからな」

「……じゃあ、リインも一緒に寝るのは……どうでしょうか?」


 もじもじしながらヴィルは珍しく大胆な提案を口にする。

 これには俺も驚いた。

 ワンワン言ってるグリムの声も、若干裏返っていた。


「ベッドは大きいですし、一緒でも寝られる……と思います……」


 自信なさげに小さくなる声量。

 恥ずかしいのか顔を赤くして目を逸らす。


「そんなに恥ずかしいなら無理して……」


 いや、逆か。

 勇気を出しての提案だったのだろう。

 彼女なりの気遣いを含む。


「それが命令か?」

「え?」

「さっきの勝負の命令、まだだったよな? ヴィルがそうしたいなら命令すればいい。俺たちに拒否権はないから」

「……じゃ、じゃあ! 命令します。一緒にベッドを使いましょう」

「了解した」


 勝負の対価で命令されたら断れない。

 だから俺は受け入れる。


「ワン! なんだリイン、もしかして一緒にオレたちと寝たかったのか? ワン! 寝てる間に変なことするなよな」

「ヴィル、あいつだけやっぱ外でいいぞ」

「お姉ちゃんがそれでいいなら」

「いいわけないだろ! ワン! というかそろそろ止めてくれよ!」


 相変わらず賑やかに。

 王都で過ごす最初の夜は、いつもと変わらぬ光景に安堵する。

 

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