参
イブロニア王国。
人間界最大の国家にして、世界人口の約七割が所属している。
主要都市である王都には約二百万人が暮らしているとか。
「だからこんなに人混みが……」
まぁ東京よりはずっとマシだな。
人にぶつからずには歩けないほどの込み具合じゃない。
道を選べば空いているところもある。
俺は意識的に人がいないほうへと進んでいく。
(これからどうするんだよ)
「うおっ、ビックリした」
(何驚いてんだよ)
脳内に直接声が響く。
夢魔である彼女たちは、特定の相手に言葉を介さず意思疎通ができる。
わかってはいたけど、急に頭に声が響くのは変な感覚だ。
周りの人にはいきなり驚いて、変な奴だと思われただろう。
俺は逃げるように早歩きして、人がいない路地へと入る。
「今日は宿探しだ」
(宿?)
「ああ。入学すれば寮がある。遠方から来る人間のほとんどは入寮する。俺もその予定だ。けど早く到着したからな。一週間このままだと宿なしだ」
(そんで宿探しか。めんどくさそうだな)
顔は見えないけど、グリムがニヤついているのはわかった。
困っている俺を見て楽しんでいるな。
ついでに彼女は魔王城から外にでた経験が少ない。
知らない場所で生活する大変さをわかっていないようだ。
いずれわからせてやるとして……。
「早く見つけないと。もう日が暮れる」
(広いところにしろよ!)
「贅沢言うな。元々宿泊する予定じゃなかったから金がない」
(は? お前貴族だろ?)
辺境の貴族を舐めすぎだな。
貴族といっても、普通の家庭よりちょっぴり裕福な程度だ。
それに両親はしっかりしている。
無駄なお金を持たせてはくれなかった。
だから探すのも賑わっているエリアから外れて、お店や学園には遠い場所だ。
どうせ一週間過ごすだけの場所。
広さは多少の我慢がいる。
「ここでいいか」
手頃そうでレトロな建築の宿屋を見つける。
レトロでもしっかりした作りだ。
受付のおばさんに声をかける。
「すみません。一週間ほど宿泊したんですが、何部屋空いてます?」
「なんだい? お兄さん見たところひとりじゃないか。悪いけど一人で二つ以上は借りられないよ」
「そうですか。じゃあ一部屋でいいので、なるべく大きい部屋は空いてますか?」
「あるよ。誰か客人でも呼ぶのかい?」
「まぁそんなところです」
悪魔二人が同伴してますとか、さすがに言えないな。
お金に余裕があれば二人の分を別で取るんだが、一週間分となると厳しい。
やろうと思えば魔剣でいつでも屋敷や魔王城に戻れるが……。
元気よく出発して、一日で戻るのはなんかこう、恥ずかしいからな。
「はいよ、これ鍵。友達呼ぶときは連絡してね」
「はい。そうします」
(嘘つきだな)
「ん? 何か言ったかい?」
「なんでもないですよ」
俺は慌てて鍵を受け取り、そのまま階段を駆け上がって三階の部屋に入る。
扉を勢いよく閉めたら、小さくため息をこぼす。
「おい、グリム」
「なんだよ。嘘つきは事実だろ」
さっきの声はグリムだった。
二人はイヤリングから元の姿へと戻る。
部屋は一人用でベッドも一つ。
三人が並ぶと少し狭い。
広い部屋を見つけなかった嫌がらせか?
「お前だけ今夜は外で寝てもらうか」
「は? なんでだよ! 乙女を野宿させる気か?」
「乙女? 野獣の間違いだろ?」
「なんだとこのー! ぶっとばしてやるから表出ろー!」
「お、お姉ちゃん静かに。バレちゃうよ」
ヴィルが能力で上手く音や気配は誤魔化してくれている。
それも限度があるみたいで、あまり騒ぐといけないそうだ。
「まぁ冗談はさておき、ベッドが一つだからな。お前ら使っていいぞ。俺は椅子で寝るから」
「そんなのダメですよ」
「そうだぞ! リインは床でいいだろ」
「グリム。そこで三回回ってワン。俺が止めるまで続けてろ」
罰としてグリムは部屋の端っこでくるくる回っている。
吠える合間に文句を言っているが無視。
「女の子を床や椅子で寝させるのはよくないだろ」
「で、でもここのお金を払ったのはリインですよね?」
「あれも結局は家のお金だからな」
「……じゃあ、リインも一緒に寝るのは……どうでしょうか?」
もじもじしながらヴィルは珍しく大胆な提案を口にする。
これには俺も驚いた。
ワンワン言ってるグリムの声も、若干裏返っていた。
「ベッドは大きいですし、一緒でも寝られる……と思います……」
自信なさげに小さくなる声量。
恥ずかしいのか顔を赤くして目を逸らす。
「そんなに恥ずかしいなら無理して……」
いや、逆か。
勇気を出しての提案だったのだろう。
彼女なりの気遣いを含む。
「それが命令か?」
「え?」
「さっきの勝負の命令、まだだったよな? ヴィルがそうしたいなら命令すればいい。俺たちに拒否権はないから」
「……じゃ、じゃあ! 命令します。一緒にベッドを使いましょう」
「了解した」
勝負の対価で命令されたら断れない。
だから俺は受け入れる。
「ワン! なんだリイン、もしかして一緒にオレたちと寝たかったのか? ワン! 寝てる間に変なことするなよな」
「ヴィル、あいつだけやっぱ外でいいぞ」
「お姉ちゃんがそれでいいなら」
「いいわけないだろ! ワン! というかそろそろ止めてくれよ!」
相変わらず賑やかに。
王都で過ごす最初の夜は、いつもと変わらぬ光景に安堵する。
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