弐
実家でのんびり休養を取った俺は、身支度を済ませて王都へ旅立つ。
早朝に出かけることになって、お父様は馬車を用意してくれた。
けど……。
「ん? 必要ないとはどういうことだ?」
「王都は遠いのよ? 馬車がないと間に合わないわ」
「大丈夫です。今の俺なら、馬車よりずっと速く走れますから」
嘘は言っていない。
二人とも目を丸くして驚いている。
二日間しっかり休んだからな。
軽い準備運動が必要なんだ。
「お前がそういうなら信じよう。気を付けるんだぞ」
「グエルにもよろしくね」
「はい。行ってきます」
俺は二人に背負向ける。
大きなカバンを背負って、落ちないようにしっかり手で抑えて。
地面を蹴りだし駆ける。
「おお!」
「まぁ!」
二人の驚く声を聞きながら、俺はウェルト家が納める領地を抜けた。
ここまで距離と取れば十分だろう。
「二人ともいいぞ」
「おう!」
「はい!」
イヤリングから元の姿に戻る。
戻ってすぐに、グリムは大きく背伸びをした。
変身してサイズが小さくなるのはそれなりに窮屈そうだ。
「よーし! こっから王都まで競争でいいよな!」
「ああ」
「ヴィルは空飛んでいいぜ? オレとリインは地上のみだ」
「は、はい。一応……怪我しないようにね?」
普通に王都まで移動してもつまらないから、競争しようと俺から提案した。
案の定グリムはノリノリ。
ヴィルは嫌がるかと思ったけど、意外とやる気だ。
身体能力ならオレとグリムに劣る彼女だけど、イメージの力で風や水、自然物を意味だし操れば空を自由に飛ぶこともできる。
道なりに進むよりも彼女のほうが速い可能性だってある。
「勝ったらどうする?」
「負けた二人が勝った一人の言うことを一回聞く、とかでいいんじゃないか?」
「お、それいいな! オレが勝ってリインに命令してやるぜ」
「俺が勝ったら二重に命令してやる」
俺とグリムが火花を散らす。
その様子をあわあわしながら見ているヴィル。
「そ、そろそろ出発しないと」
「そうだな。夕方までには到着したいし」
「行くか! それじゃよーい、ドーン!」
俺とグリムが同時に駆け出し、少し遅れてヴィルが上空を飛ぶ。
踏みしめる大事をえぐりながら、木々を風で傾かせ進む。
巣の身体能力は俺が上、そこに魔力による強化を加えてある。
対するグリムはイメージで最速の自分となる。
「負けるか!」
「俺が勝つ!」
普段から競い合っているテンションで、お互いに負けられないと意識する。
果たして勝つことができるのか。
約八時間後――
俺たちは王都の入り口である大きな門の近くにたどり着いていた。
「はぁ……はぁ……」
「ま、まじか……」
「え、えっと……」
「「負けた」」
「か、勝っちゃいました?」
なぜに疑問形?
この勝負の勝者は、なんとヴィルだった。
正直グリムとの一騎打ちになると予想していたんだけど……まさかの結果だ。
やはり一直線のルートが強かった?
いいや、理由は別だ。
「ちっくしょう! なんであんなに魔物が邪魔してくるんだよ!」
「地上だからな。しかも整備された街道じゃなくて、地上の最短ルートを通ったし」
魔物がいる危険なエリアも当然通過する。
地上を進む俺とグリムの前には、様々な障害が待っていた。
魔物の大進行、盗賊に襲われている村、地図になかった地形。
予想外に対応し続けた結果、俺とグリムはヘトヘトになってほぼ同時にゴールした。
ヴィルは俺たちが到着するに三十分前にたどり着いていたようだ。
「まぁでも、負けは負けだよな」
「だな! ほらヴィル! オレたちに命令しやがれ!」
「え、えぇ……そう言われても急には思いつかないよぉ」
「んなもん思った通りでいいんだよ!」
「そうだぞ」
悩むヴィルにお手本をみせよう。
「グリム、お手」
「ワン。じゃねー! なんてお前がオレに命令してんだ!」
「お手本を見せようかと」
「これじゃ勝負関係ねーじゃんか! おらヴィル! さっさと命令しろ!」
「うぅ……」
なぜか命令される側の態度がでかい。
不思議な光景だ。
まぁ俺も命令される側なんだが。
「じゃあ保留でいいんじゃないか? 何か浮かんだらするってことで」
「そ、それがいいです」
「なんだよ、たく。優柔不断だな」
「ムカついたらペット扱いしてやれ。気分がスッとするぞ」
「お前もされる側だろうが!」
「ふふっ」
団欒とした空気が流れる。
西の空に沈んでいく夕日のオレンジが、徐々に弱まっていくのがわかった。
「そろそろ中に入ろう。二人とも、ここからは」
「わかってるよ」
「はい」
二人はイヤリングの姿に変身する。
ここは王都、人類国家最大の都市だ。
悪魔が二人も入り込んでいると知られたら国を揺るがす大問題に発展しかねない。
「お前は間違いなく指名手配されるだろうな」
「楽しそうに言うな」
もっとも、魔王の下で生活したり、配下の先生に指導を受けている時点で今さらか。
人類からすれば、俺は裏切り者でしかないだろうな。
別にどう思われようと構わないけど。
「行くか」
俺は一人、王都の門の前へと歩く。
辺境とはいえ貴族の身分があると、いろいろと待遇がよくて楽だ。
王都に入るまえの持ち物検査も優先してやってもらえる。
滞在許可証を受け取り、晴れて俺たちは王都の中へと入る。
巨大な壁に囲まれて、外からは見えなかった景色。
ここが、人類最大国家イブロニア。
王都ラクラスの街。
入ってすぐに大勢の人々が行き交い、賑わいを見せる。
「想像より賑やかだな」
この地で俺は四年間、学生として暮らすことになる。
人混みはあまり得意じゃないから、正直少し心配になった。
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