バタバタと誰かの足音が響く。

 広い家に住めばわかるけど、結構遠くの音も響いてくる。

 壁は厚くて頑丈でも、扉には隙間がどうしてもできるから、廊下側の音は割と聞こえる。


「おいリイン! 朝だぞ起きろ!」

「もう起きてるけど?」

「チッ、今日も叩き起こせなかったぜ」

「あのなぁ……わざわざ起こしに来なくてもいいんだぞ? グリム」


 部屋に入って来たのはグリムだった。

 俺は数分前には目覚めていて、着替えをしている途中だ。

 キャーなハプニングはもちろん起きない。

 俺は最後の上着を着替えて仕度を終える。


「別に親切心じゃねーよ。寝ぼけたお前をドロップキックで起こすのがオレの夢なんだ」

「……そんな夢は捨ててしまえ。ヴィルは?」

「まだ寝てる」

「そっちを先に起こせよ……」


 早起きなグリムと対照的に、ヴィルは朝が苦手らしい。

 夢魔も睡眠を必要とすることにまず驚いた。

 人間の俺たちと異なるのは、彼女たちにとって睡眠は食事と同じらしい。

 寝る子は育つ、なんて言葉が元の世界にあった。

 彼女たちの種族は、その言葉を強く体現しているのだろう。

 グリムとヴィルの体格の差を見れば明らかだ。

 背丈は同じでも、身体の一部の成長が全然違う。

 寝ている方はチョモランマで、目の前にいるほうは……。


「……おい、お前今失礼なこと考えただろ」

「なんのことかな」

「図星だろその顔は! お前最近オレのことなめてるよな? そろそろわからせてやってもいいんだぜ?」

「負け越してる癖に?」

「――!」


 グリムは顔を真っ赤にする。

 この魔王城にやってきて一か月あまりが経過した。

 先生の指導の下、魔力操作の特訓は継続中だ。

 グリムがいい修業相手になってくれている。

 修業とはいえ、手を抜いたことは一度もない。

 現在の戦績は俺の十二勝、六敗、一分けだ。


「勝ち切った顔してんじゃねーよ! この間はオレが勝ったんだぞ!」

「その前は俺が三連勝してるけどな」

「はっ! 最新の勝負ではオレが勝ってんだ! 過去の勝負なんて関係ねーんだよ。男が昔は強かったーみたいなセリフで強がるの格好悪いぞ!」


 若干図星をつかれてイラっとする。

 グリムとはこんな風に口喧嘩が絶えない。

 口の悪さは男勝りで、いつも俺をイラっとさせる言動をする。

 残念ながら口では彼女に勝てそうになかった。

 ただ、俺には切り札がある。


「グリム、お座り」

「ワン! って何すんだお前!」

「躾だ」

「オレは犬じゃねーんだよ!」


 最初の勝負でした賭けは継続中だ。

 俺が勝ち越している間、彼女は魔導具によって俺の命令には逆らえない。

 こんな特権興味ないとか思っていたけど、案外便利で面白い。

 強気なグリム相手だから特に、か?


「何ニヤケてんだ。オレにこんな命令して楽しんでるとか、とんだ変態やろうだな」

「……さて、ヴィルを起こして朝飯に行くか」

「は? ちょっ、このまま放置すんじゃねーよ!」


 俺の命令は特に指定がない限り、俺が解除しなければ継続される。

 つまり、俺がやめていいと言わなければ彼女はずっとお座り状態だ。


「ヴィルー、朝だぞー」

「待てって! オレが悪かったから許して! 許してってば!」


 魔王城での生活は案外楽しい。

 どこで暮らそうと修行さえできればいいと思っていた。

 前世でも、住む場所に拘りとかなかったし。

 だけどここは居心地がいい。

 もしかすると、俺には魔界での生活のほうが合っているのかもしれないな。


「さっさと解放しろー!」


 グリムの悲痛な声が響きながら、しみじみと感じる。


  ◇◇◇


 朝食の時間。

 弱い悪魔は食事いらずだけど、強い力をもつ悪魔は食事が必要になるらしい。

 肉体と膨大な魔力を維持するために、外からエネルギーを供給しないと万全の状態を保てないそうだ。

 悪魔は人間よりも高性能な肉体を持っているイメージだけど、案外燃費の悪さがあるようだ。

 そういう意味では一長一短、と思ったけど。


「人間も食事しないと死ぬし、一緒か」

「何ブツブツ言ってるんだよ。変態やろう」

「……またお座りさせようか?」

「な、なんでもねーよ!」


 俺とグリム、その隣ヴィル。

 先生と魔王も同じ食卓を囲んでいる。

 魔王城のイメージには似つかわしくないほのぼのとした雰囲気だ。

 パクパク朝食を食べていると、魔王が俺に尋ねてくる。


「リイン、ここでの生活には慣れたかしら?」

「お陰さまで。ここは暮らしやすいな」

「それはよかった。慣れてきたならそろそろお仕事をしてもらいましょうか」

「仕事?」


 キョトンとする俺に、魔王は笑いながら言う。


「ここはあたしの城よ? タダで居候させてあげるつもりはないわ」

「ああ、まぁ別にいいけど」


 俺も変な借りは作りたくなかったからな。

 その辺りの説明を一切してくれていない先生には一言あるが。

 ギロっと視線を先生に向ける。

 あれ、言ってなかったか、みたいな顔をするのは定番だ。


「で、仕事って?」

「そうね。まずは街のお掃除からしてもらいましょうか」

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