参
バタバタと誰かの足音が響く。
広い家に住めばわかるけど、結構遠くの音も響いてくる。
壁は厚くて頑丈でも、扉には隙間がどうしてもできるから、廊下側の音は割と聞こえる。
「おいリイン! 朝だぞ起きろ!」
「もう起きてるけど?」
「チッ、今日も叩き起こせなかったぜ」
「あのなぁ……わざわざ起こしに来なくてもいいんだぞ? グリム」
部屋に入って来たのはグリムだった。
俺は数分前には目覚めていて、着替えをしている途中だ。
キャーなハプニングはもちろん起きない。
俺は最後の上着を着替えて仕度を終える。
「別に親切心じゃねーよ。寝ぼけたお前をドロップキックで起こすのがオレの夢なんだ」
「……そんな夢は捨ててしまえ。ヴィルは?」
「まだ寝てる」
「そっちを先に起こせよ……」
早起きなグリムと対照的に、ヴィルは朝が苦手らしい。
夢魔も睡眠を必要とすることにまず驚いた。
人間の俺たちと異なるのは、彼女たちにとって睡眠は食事と同じらしい。
寝る子は育つ、なんて言葉が元の世界にあった。
彼女たちの種族は、その言葉を強く体現しているのだろう。
グリムとヴィルの体格の差を見れば明らかだ。
背丈は同じでも、身体の一部の成長が全然違う。
寝ている方はチョモランマで、目の前にいるほうは……。
「……おい、お前今失礼なこと考えただろ」
「なんのことかな」
「図星だろその顔は! お前最近オレのことなめてるよな? そろそろわからせてやってもいいんだぜ?」
「負け越してる癖に?」
「――!」
グリムは顔を真っ赤にする。
この魔王城にやってきて一か月あまりが経過した。
先生の指導の下、魔力操作の特訓は継続中だ。
グリムがいい修業相手になってくれている。
修業とはいえ、手を抜いたことは一度もない。
現在の戦績は俺の十二勝、六敗、一分けだ。
「勝ち切った顔してんじゃねーよ! この間はオレが勝ったんだぞ!」
「その前は俺が三連勝してるけどな」
「はっ! 最新の勝負ではオレが勝ってんだ! 過去の勝負なんて関係ねーんだよ。男が昔は強かったーみたいなセリフで強がるの格好悪いぞ!」
若干図星をつかれてイラっとする。
グリムとはこんな風に口喧嘩が絶えない。
口の悪さは男勝りで、いつも俺をイラっとさせる言動をする。
残念ながら口では彼女に勝てそうになかった。
ただ、俺には切り札がある。
「グリム、お座り」
「ワン! って何すんだお前!」
「躾だ」
「オレは犬じゃねーんだよ!」
最初の勝負でした賭けは継続中だ。
俺が勝ち越している間、彼女は魔導具によって俺の命令には逆らえない。
こんな特権興味ないとか思っていたけど、案外便利で面白い。
強気なグリム相手だから特に、か?
「何ニヤケてんだ。オレにこんな命令して楽しんでるとか、とんだ変態やろうだな」
「……さて、ヴィルを起こして朝飯に行くか」
「は? ちょっ、このまま放置すんじゃねーよ!」
俺の命令は特に指定がない限り、俺が解除しなければ継続される。
つまり、俺がやめていいと言わなければ彼女はずっとお座り状態だ。
「ヴィルー、朝だぞー」
「待てって! オレが悪かったから許して! 許してってば!」
魔王城での生活は案外楽しい。
どこで暮らそうと修行さえできればいいと思っていた。
前世でも、住む場所に拘りとかなかったし。
だけどここは居心地がいい。
もしかすると、俺には魔界での生活のほうが合っているのかもしれないな。
「さっさと解放しろー!」
グリムの悲痛な声が響きながら、しみじみと感じる。
◇◇◇
朝食の時間。
弱い悪魔は食事いらずだけど、強い力をもつ悪魔は食事が必要になるらしい。
肉体と膨大な魔力を維持するために、外からエネルギーを供給しないと万全の状態を保てないそうだ。
悪魔は人間よりも高性能な肉体を持っているイメージだけど、案外燃費の悪さがあるようだ。
そういう意味では一長一短、と思ったけど。
「人間も食事しないと死ぬし、一緒か」
「何ブツブツ言ってるんだよ。変態やろう」
「……またお座りさせようか?」
「な、なんでもねーよ!」
俺とグリム、その隣ヴィル。
先生と魔王も同じ食卓を囲んでいる。
魔王城のイメージには似つかわしくないほのぼのとした雰囲気だ。
パクパク朝食を食べていると、魔王が俺に尋ねてくる。
「リイン、ここでの生活には慣れたかしら?」
「お陰さまで。ここは暮らしやすいな」
「それはよかった。慣れてきたならそろそろお仕事をしてもらいましょうか」
「仕事?」
キョトンとする俺に、魔王は笑いながら言う。
「ここはあたしの城よ? タダで居候させてあげるつもりはないわ」
「ああ、まぁ別にいいけど」
俺も変な借りは作りたくなかったからな。
その辺りの説明を一切してくれていない先生には一言あるが。
ギロっと視線を先生に向ける。
あれ、言ってなかったか、みたいな顔をするのは定番だ。
「で、仕事って?」
「そうね。まずは街のお掃除からしてもらいましょうか」
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