激戦を終えて一段落した後。

 俺はグリムとヴィルに魔王城の中を案内してもらうことになった。


「ここがお前の部屋だ」

「広いな」


 最初に案内されたのは、俺がこれから睡眠をとる部屋だった。

 黒い扉を開けた先には、貴族の屋敷顔負けの広々とした部屋が用意されている。

 ベッドも大きくて布団はフカフカだ。

 悪魔の部屋だから、もっとゴツゴツして禍々しい場所をイメージしていた。

 他にも窓ガラスにカーテン。

 衣装台や鏡があったり、おしゃれたソファーも用意されている。

 どれも人間の世界にあるものだ。

 実際は俺たち人間の暮らしと変わらないのかも。


「となりがオレとヴィルの部屋だから」

「な、何か困ったことがあったらいつでも呼んでください」

「うん、ありがとう」


 不服そうに腕組みをするグリムの隣に、ヴィルはオドオドしながら立っている。

 彼女と目を合わせると、なぜか視線を逸らされる。

 まだ警戒されているのだろうか。

 別に慣れ合うつもりはなかったけど、これから一年半を一緒に過ごす間柄だ。

 円滑な修行生活を送るためにも、最低限はコミュニケーションをとるべきだろう。


「二人は一緒の部屋なんだな」

「なんだよ? 文句でもあんのか?」

「別に文句はないよ。仲いいなとおもって。二人は姉妹?」

「えっと、双子……です。人間でいうところの」


 ヴィルがもじもじしながらそう答えた。

 双子は予想通り。

 けど、その後に続いた一言が気になって疑問の視線を向ける。

 するとグリムが答える。


「オレたちは夢魔なんだよ。夢魔っていうのは誰かの夢から生まれるんだ」

「夢から?」

「そうだよ。オレとヴィルは同じ夢から生まれた夢魔だ」

「なるほど、だから双子か」


 人間と同じように、生みの親が同じ。

 ただし人間と異なるのは、彼女たちが夢を司る悪魔であること。

 夢から生まれるなんて、いかにも異世界チックだ。


「そういうお前はどうなんだよ」

「ん? 俺は上に兄がいる」

「そうじゃなくて前の話だ! じいさんが言ってたぞ? お前、転生者なんだってな」

「ああ、そっちの話か」


 戦いが終わってから、先生に俺のことを聞いていたグリム。

 先生は俺が転生者であることを教えていた。

 別に隠しているわけじゃないから問題ない。


「こことは別の世界から来たんだよな? どんな世界だったんだ?」

「普通だよ普通。魔術も何もない。俺が生まれた国も時代も平和だった」

「へぇー、人間にとってはいいことじゃないのか?」

「普通は……な」


 今だからハッキリ思える。

 あの世界で、俺は異端だった。

 異常者と表現してもしっくりきてしまう。

 戦争は悪いことで、死は恐ろしいもの。

 一般常識は理解していながら、俺の魂は否定していた。

 魂は戦いを求め、目的のためなら命もいらない。

 本気でそう思っていたんだ。


「俺には……こっちの世界のほうが合っているよ」


 生死の価値はまだわからない。

 けれどこの世界は、思いっきり戦うことができる。

 強さを求めることを誰も否定しない。

 

「元の世界は窮屈だった。こっちは自由に生きられる」

「ふぅーん。でもお前貴族なんだろ? 人間の貴族っていろいろメンドクサイって聞くぜ?」

「その辺はまぁ、上手くやるよ。よくも悪くも、学園を卒業するまでの辛抱だ。俺は家を継ぐわけじゃないから」

「一年半後に一回戻るんだっけか? その後はどうするんだよ」

「……まだ、決めてない」


 学園を卒業した時、果たして俺はどこまで理想に近づけているだろうか。

 まだ何年も先の話でうまくイメージできない。


「学校……か。どんなとこなんだろうな」

「行ったことないのか?」

「当たり前だろ? オレたちは生まれてからずっと魔王城いるんだよ」

「そうだったのか」


 じゃあ二人を生んだ夢の主って、魔王城にいた誰かなのか?

 グリムの強さの秘密……少し興味はある。

 そうこうしながら案内を続けて、最後の部屋にたどり着く。

 と言っても知っている部屋だ。

 王座の間と呼ばれている魔王が普段いる部屋。

 魔王城の一番上にあって、扉も大きくて仰々しい。

 グリムが片手をかざすと、またしても扉は勝手に開いた。


「案内終わったぜー」

「おう、ご苦労様」

「おかえりなさい。三人とも」


 王座には魔王が座り、その傍らに先生が立っていた。


「どうだったかしら? あたしの城は」

「広かった。それに頑丈そうだ」

「ええ、世界で一番硬い城よ」

「じゃあピッタリだ。ここなら思いっきり刀を振るえる」

 

 俺は先生と視線を合わせる。

 先生と離れたくなくて無理やりついてきた。

 我ながら大胆なことをしたと思う。

 この選択は、間違いじゃない。


「これからもご指導よろしくお願いします! 先生」

「おう」

「それと、これからお世話になります」

「ええ、楽しくやりましょう」


 こうして俺の……新しい生活が始まる。

 おそらく史上初となる。

 人間の少年が、魔王城で共に暮らすのは。

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