第四章 新たな一歩
壱
戦いの中で互いを理解し、宿敵から戦友へと変化する。
かつて戦乱の世を生きた者たちも、戦の中で多くの敵と相対した。
分かり合えぬ者もいただろう。
生まれる場所が違っていれば、永遠の友となれた者もいたかもしれない。
それでも戦う。
己が信念のため、主君の命を貫くために。
たとえ戦いの中で通じ合い、再会を望むほどに惹かれ合ったとしても。
そういう意味では、この世界はまだ優しいのかもしれないな。
「さっきの技! あれどうやったんだよ」
「燕返しか? 単純だよ。一太刀目の後に切り返しを二度しただけ」
「そんなんでオレが見切れない速度になんのか。凄いな」
「この身体と、先生から教わった魔力操作があってこそ実現した技だけどね」
出会いこそいがみ合っていた俺とグリムも、本気の戦いを終えてから多少打ち解けた。
お互いに鬱憤も含めて出し切れたおかげだろう。
グリムが嫌な奴じゃなくてよかった。
多少気性の荒さはあるけど、仲良くやっていけそうだ。
「オレのイメージを負かした奴なんて初めてだぜ。次はもっと強いイメージを構築してやるからな」
「俺のほうこそ驚かされた。先生以外で俺の全力を受け止められる相手が見つかったのは嬉しいよ。これからも何度か相手をしてくれないか?」
「もちろんいいぜ! 次は勝ってやる」
「次も勝つ」
グリムとは笑みを浮かべながら再戦を約束した。
心なしか彼女も楽しそうだ。
彼女はイメージ次第でもっと強くなる。
一度知って時間を空ければ動揺も消えている。
次に戦う時はもっと手ごわいし、その次もさらに強くなる。
俺自身が成長していないと勝てない相手だ。
修業相手としてこれ以上の適任はいないだろう。
「二人ともいい戦いだったわね」
「魔王様」
俺とグリムの話に魔王アスタロトが入ってくる。
彼女は労いの言葉を口にすると、ニヤっと意味深に笑う。
「負けちゃったわね? グリム」
「そうっすね。けど次は負けねー!」
ぐっとガッツポーズをするグリム。
そんな彼女を微笑ましそうに見ながら、魔王はぼそりと呟く。
「頑張りなさい。ただ、負けは負けよね?」
「そうだなー。負けちまったらどうするって話だっけ?」
魔王の隣に先生が立ち、二人ともニヤニヤしながら俺たちを見ていた。
ここで俺たちは同時に思い出す。
戦いが始まる前にした賭けを。
彼女が勝ったら俺を小間使いとしてこき使う。
反対に俺が勝ったら……。
「グリムは今日からリインのペットだな」
「なっ!」
先生がニヤケ顔でそう言うと、グリムは顔を真っ赤にして動揺する。
「た、確かにそう言ったけどさ! 別にもうよくない? めっちゃいい感じだったじゃん!」
「おいおい、悪魔ともあろう者が契約を無視する気か?」
「それはよくないわね。契約不履行は大罪よ。きっとよくない不幸に見舞われるわ」
「ぐっ……」
「いや、先生。俺は別にそういうのは求めて――」
否定しようとした俺の肩に先生は手を回す。
肩を組んだまま先生の顔が俺の顔の横に来る。
「ダメだぞリイン、情けは無用だ。お互い賭けをして戦いが成立したんだろ?」
「それはそうだけどさ」
別に本気でしてほしかったわけじゃない。
お互いにリスクを設けたほうが、戦いへの本気度が上がると思ったからだ。
彼女も嫌がっているみたいだし、俺も望んでいない。
でもなぜか、先生と魔王はノリノリだ。
ヴィルだけはアワアワし続けているけど……。
先生が肩を組みながら続ける。
「いいかリイン? 悪魔にとって契約ってのは重いんだ。口約束でも契約したなら守らないと、最悪の場合は魂の消滅に繋がる」
「え? そんな大事なの?」
「おう大事だぞ? 悪魔の契約は魂で繋ぐものだからな」
「そうなんだ。でもそれって賭けに乗った側が破棄したら問題ないんじゃ」
「馬鹿やろう!」
先生の手が俺の口を無理やり塞ぐ。
「それじゃ面白くないだろうが!」
「……それが本音か」
俺とグリムのやり取りを見ながら楽しんでいるな。
先生も魔王も性格が悪い。
これが悪魔か。
「……しゃーねーな」
「グリム」
「魔王様とじいさんのいう通りだ。オレは負けちまったし、最初に言ったことを曲げるのは悪魔失格だ。お前のペットにでもなんでもなってやるよ」
「いや、別に無理しなくても」
「無理とかじゃねーから! オレにできないことなんてない!」
彼女は堂々と両手を腰にあてて宣言する。
グリムは負けず嫌いだな。
まぁ別に肩書がどうあたっとしても、俺には関係ないのだけど。
「それじゃ丁度いいものがあるわよ」
魔王がどこからか黒い輪っかを取り出す。
異空間から物を出し入れできるのか。
便利な力だ。
そして取り出した輪っかから異質な魔力を感じる。
「魔導具?」
「そうよ。服従の首輪という魔導具。着けた相手は主人の命令に逆らえなくなるの。どんな理不尽な命令にもね」
「恐ろしい魔導具だな」
「はいこれ、あなたからグリムにつけてあげなさい」
ひょいと魔導具を魔王から投げ渡される。
別にこんなものいらないんだが……。
受け取った魔導具を見つめる俺の袖を、グリムがぐいっと引っ張る。
「いいからさっさとつけろよ」
「グリム……いいのか?」
「だから! 敗者は勝者に従うものなんだよ!」
「……お前がそういうなら」
話が進まなそうだし、とりあえずつけよう。
腕輪を外し、彼女の首元へ。
少し大きめだったけど、彼女の首に装着した途端に縮まりサイズがフィットした。
これも魔導具の効果なのだろうか。
「これでいいか?」
「……おう」
ちょっぴり悔しそうに俺を見上げるグリム。
なんだか妙に緊張する。
今の彼女は俺の命令を断れない。
俺のペットも同然……。
「グリム」
「なんだよ」
「三回回ってワンと言え」
彼女はくるりとその場で回転して、俺を見ながら吠える。
「ワン!」
「おお……」
「って何やらせんだいきなり!」
「これは面白いかもしれない」
恥ずかしさに涙目になるグリムと、それを見ながら相変わらずニヤニヤしている先生たち。
最初は興味なかったけど、これは中々面白い。
自分の中になかった新しい感覚に目覚めそうだ。
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