魔王城から二つ離れた街。

 魔界にも人間界のように街があり、集落が存在している。

 様相は人間界とは多少異なり殺風景だ。

 暮らしているのは下級悪魔や亜人と呼ばれる種族。

 彼らは平和に、穏やかに暮らしている。

 しかしここは魔界。

 悪魔は本質的に戦いを好み、支配欲が強い。

 絶対的な魔王アスタトロが支配するこの領域でも、己の強さを誇示したい若者は現れる。


「ひゃっはー! どけどけー! ガンドル様のお通りだぞぉ!」


 俺とヴィルは街で最も高い建物の上から見下ろす。

 街中をドレイクに乗って暴れまわる頭の悪そうな悪魔の姿を確認した。


「なぁ、ヴィル」

「なんですか?」

「仕事の内容って掃除だったよな?」

「はい。街のお掃除です」


 掃除とはゴミやほこりといった汚れを落とし、綺麗にすること。

 街の清掃と聞いて、ボランティアみたいなことをするんだなと思っていたが……普通に考えてそれは魔王の仕事じゃないな。

 となるとこの場合のゴミは……。


「ひゃっはー! 俺様が最強だー!」

「あれがゴミか」


 掃除ってそういう意味だったのか。

 なるほど、魔界っぽいな。


「で、どうすればいいんだ? 普通に追い払えばいい? それとも、殺したほうがいい?」

「え、えっと、初めての場合は厳重注意です。二回目は容赦しなくていいと言われています」

「意外と優しんだな。ってことであいつは何回目?」

「に、二回目です」

「なるほど」


 つまりは問答見様で構わないってことか。

 そっちのほうが加減の必要もなくて簡単だ。

 俺は建物から飛び降りる。


「先行くぞ」

「は、はい!」


 暴れている主犯格は一人。

 仲間らしき悪魔たちが全部で十二人。

 あとはドレイクというオオトカゲの魔物が一匹。


「おらおら! 俺様に従わねーやつらは殴殺だ!」

「ボス! なんか降って来たぜ!」

「あん?」

「……一分かからないな」


 俺は着地してそのまま地面を蹴り、腰の刀を抜いて近くにいた悪魔たちを斬り捨てる。


「な、なんだこいつ! やばい逃げるぞ!」

「え? もう逃げるのか」


 思ったより諦めが早いな。

 実力差を見抜いて戦わない選択肢は賢くはあるけど……。

 あれだけ暴れて逃げるのは男として格好悪いな。

 それに……。


「逃げられると思ってるのか?」


 奴が逃げた先には、彼女が立っている。

 彼は戦慄する。


「お、お前は――」

「と、通しません!」


 顔が青ざめる。

 彼らがヴィルを知らぬはずはない。

 魔王軍の夢魔姉妹、その片割れ。

 何より彼女こそ、一度目のおいたの際に自信を懲らしめた相手なのだから。


「ど、ドレイク! あいつを燃やせ!」


 ドレイクが大口をあけて炎を噴射する。

 黄熱の炎がヴィルを襲う。

 が、彼女が軽く右手を振るうと突風が吹き、ドレイクの炎を吹き飛ばす。

 

「なっ!」

「あまり暴れると、建物が壊れてしまうので……困ります」


 そう言って彼女は右手をかざす。

 発生したのは冷気。

 風に乗った冷気はドレイクを一瞬で氷漬けにしてしまい、そのまま乗っていたガンドルという悪魔を凍らせていく。


「く、くそ……やめ――!」

「に、二回目なのでダメなんです。ごめんなさい」


 彼女はぺこりと謝罪した。

 しかし残念ながらその言葉は最後まで聞こえていないだろう。

 とっくにガンドルは氷の彫刻だ。


「お見事だな」

「リインさん、そちらは?」

「もう終わったよ」


 手下の悪魔たちは俺が全員斬り捨てた。

 ヴィルが倒した主犯格で最後だ。


「にしても鮮やかだな」

「そ、そうですか?」

「ああ、凄い力だよ」


 グリムと同じ夢から生まれたもう一人の夢魔、ヴィル。

 彼女の能力もイメージの具現化である。

 ただし、ヴィルの場合は自身ではなく、自分以外に向けられる。

 彼女はイメータものを現実に作り出すことができる。

 たとえば最初の突風や、その後の冷気。

 どちらも彼女のイメージによって生み出された現象だ。


「気になってたんだが、ヴィルってグリムより強いんじゃないのか?」

「そ、そんなことありませんよ! 私はお姉ちゃんには全然……」

「本当か? 能力の汎用性や規模はヴィルのほうが勝ってるし、イメージ次第で生物意外なら作り出せるんだろ?」

「は、はい。一応……」


 イメージを内に向けたのがグリムで、外に向けたのがヴィル。

 両者の根本は同じでも、能力は対比になっている。

 ポテンシャルなら明らかにヴィルのほうが上だと思った。

 もしもヴィルがグリムに劣っているとしたら……。


「あれだな。ヴィルは自分にもっと自信を持つべきだな」

「じ、自信ですか」

「ああ。いつも自信なさげだし、結構気持ちって大事だぞ」

「そ、そう言われましても……」


 もじもじしながら戸惑うヴィルに呆れる。

 そんな俺たちの周りに、助けられた街の者たちが集まってくる。


「ありがとうございます。ヴィル様」

「そちらは新しいお方ですか? おかげで助かりました」

「お姉ちゃんありがとー!」

「こら! ヴィル様に失礼でしょ!」


 次々と皆が集まり、感謝の言葉を口にする。

 人も悪魔も、助けられたらお礼をいう文化は共通らしい。


「こんだけ周りに認められてるんだ。自信は持て! 自信させあればお前は、グリムにも負けない。もしかしたら魔王にだって……勝てるかもしれないぞ?」

「わ、私が魔王様に……?」

「ああ、期待してる」


 そうなってくれたら俺の修業相手としてピッタリだ。

 肉弾戦メインのグリムと違って、ヴィルなら魔術師らしい戦い方が期待できる。

 この世界で最強の剣士を目指すなら、対魔術師の戦い方も覚えておかないといけないからな。


「わ、私……頑張ります!」

「ああ」


 ぜひとも頑張ってくれ。

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