弐
強大な魔力は強靭な肉体に宿る。
アンバランスだった俺の身体は、この一年間で十分な器に成長した……らしい。
自分ではあまり実感はない。
ただ、一年前より身体が軽いし、強くなっている気がしている。
「よし、それじゃ見せてやる」
「見せてやるって?」
「魔力の使い方だよ。お前には口で説明するより見せたほうが早そうだからな」
そう言って先生は俺の前に立ち、右手で拳を作る。
「リイン、その剣でこの拳を斬ってみろ」
「え? そんなことしたら」
「いいからやれ! どうせ斬れないから」
「……わかりまいた」
先生がそういうなら仕方ない。
俺は刀を抜き、先生は拳を構える。
掛け声など必要なく、お互い同時に剣を振るい、拳を突き出す。
ガキン!
と、ありえない音がした。
まるで金属同士がぶつかり合うような音だ。
「な? 斬れなかっただろ?」
俺が振り下ろした刃は、先生の拳に受け止められていた。
先生の拳は傷一つない。
それどころか俺の刀が押し返されている。
単純な力じゃない。
これは……。
「見えるようにしてやろう」
「――! これは……」
先生の拳を、いや全身を赤い光が包んでいる。
「魔力を纏っている?」
「そう。正確には、魔力を体表面で超高速に循環させてるんだよ」
「循環? 放出した魔力を留めて循環させる。それが魔力の正しい使い方?」
「正しいかどうかは知らないが、これが一番効率がよくて、さらに汎用性が高い使い方だな」
魔力は放出して使うものだとばかり思っていた。
放出すれば魔力は消費される。
無尽蔵でない魔力は、使い続ければいつか底が見えてしまう。
だけどこの方法なら消費する魔力は最小限で済む。
上手く回せれば、ほぼ無制限に魔力が使い続けられそうだ。
確かに効率的だ。
それに……。
「さっきの拳、すごい硬さだった。俺の刀は本気で振れば魔力なしでも岩くらい斬れるのに」
「魔力っていうのは本来目に見えない力だ。だが、高出力な魔力は目に見えるし、刃に乗せれば破壊力が増すだろ? つまり、より多い魔力は実体を持つ。密度を上げれば硬度も上がる。ただその分、コントロールは難しくなるがな」
「なるほど。より高密度な魔力を高速で循環させる。それができれば……」
ドラゴンの硬い鱗も両断できる。
それに強靭な尻尾の攻撃も耐えられたはずだ。
「まずは少量から初めて、身体の表面で留められるようになれ。循環させるのはその次だ。循環までできる様になったら量を増やす。それも慣れたら次は、魔力を体外で自在に操れるようになれ」
「自在に? 放出したり留める以外にもできるの?」
「言っただろ? 高密度の魔力は実体を持つ。纏わせるだけじゃなくて、自在に形を変えられるようになれ。こんな感じに」
先生の背中から赤い腕が生えた。
生身の腕じゃなくて、魔力の塊が腕の形をしている。
その腕が伸びて俺の前に移動し、握手を求めてきた。
俺はなんとなく握手する。
するとそのまま握られるくるりと投げ飛ばされた。
「ぐっ、ちょっと先生!」
「はっはっはっ! これくらいできるようになれよ! 最終的には魔力だけで日常生活が送れるようになるのがベストだ」
「魔力だけで……か」
俺はのそっと起き上がり、先生が作った魔力の腕を見つめる。
簡単そうにやっているけど相当な魔力の密度だ。
真似しようとしても、今の俺じゃ体外で留めることすらできないだろう。
「お前は普通の人間より魔力が多い。しかも発展途上だ。その膨大な魔力を完全に支配下に置け。それができればお前は、剣士として、個として、他の追随を許さない強さを手に入れる」
「それは先生よりも?」
「――はっ、そいつはお前次第だ」
「なら頑張るよ」
ドラゴンだけじゃない。
いつか先生を斬れるくらいの剣士になりたいから。
◇◇◇
魔力を身体から放出する。
通常、身体から離れてしまった魔力は拡散して消えてしまう。
だから放出しても身体からは離さない。
必ず一部は接続している状態を保ち、体表面で動かす。
この留める技術が中々難しい。
体外に出た魔力のコントロールは、体内でのコントロールよりはるかに困難だ。
「魔力を特別扱いするからだ。魔力も身体の一部であると考えろ。手足を動かすように自然に、無意識にやれるようになれ」
「っ……そう言われても……」
いきなりは無理だ。
今日言われて今日できる様になるなら修行なんていらない。
「先生はどのくらいかけてできるようになったの?」
「うーん、忘れたな。修行始めたのはいつだったか……? もう何百年も前の話だ」
「……スケールが違い過ぎて参考にならない」
悪魔だから可能な長時間の活用だ。
俺は人間だから、生きれる時間には限りがある。
この長いようで短い一生の中で、どこまで真にたどり着けるだろうか。
遊んでいる暇なんてなさそうだ。
「まぁ、今日はここまでだ」
「え? 始めたばかりなのに」
「何言ってる。見ろ、もう夕日が見えるだろ?」
「ああ……」
本当だ。
西の空にオレンジ色の光が沈んでいく。
朝から始めた修行も、気づけばあっという間に終わる。
毎度のことながら、それだけ深く集中していた証拠だろう。
「明日もよろしくお願いします」
「おう。いつもの時間でいいな?」
「あ! 時間は少し遅れるかも。明日は朝に来客があって、それが終わったらなので」
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