睨んでいるほうがぼそりという。


「おい……なんで人間がここにいるんだよ」

「に、人間? 本当に?」

「久しぶりだな、グリム」

「あ! 爺さんじゃん! 帰ってきてたんだ!」


 俺を睨んでいた少女は、今さら先生の存在に気付いたらしい。

 途端に可愛らしく笑顔になって、先生の前まで駆け寄ってきた。


「元気そうだな」

「もちろん! オレはいつでも元気だぜ!」


 こっちの長い髪を後ろで結び、少年チックに見える子がグリムという名前らしい。

 一人称はオレだけど、たぶん女の子だ。

 そしてもう一人、俺に驚いてオドオドしている子がヴィルか。


「お、お帰りなさいませ。おじさま」

「ヴィルも久しぶりだ。ワシがいない間寂しくなかったか」

「めっちゃ寂しがってたぜ! 爺さんがいないとピーピー泣くんだ」

「そ、そんなことないよお姉ちゃん!」


 ヴィルはアワアワしながら否定する。

 やっぱりこの二人は姉妹なのか?

 姉がグリムで、妹がヴィルのほう?

 姉妹にしては容姿が似すぎている……ほとんど髪型と……あとは体系の一部の差か。

 身長とか顔つきは一緒だ。


「相変わらず仲いいな。その調子でこいつとも仲良くしてやってくれ」

「――こいつって、じいさんが連れてきたのか? この人間」

「おう。ワシの弟子だ」

「で、弟子? おじいさまの」


 二人は改めて俺を見る。

 変わらずグリムのほうは俺を睨み、ヴィルは驚きながらじーっと見ている。

 いきなり人間が魔王城にいたら当然驚く。

 二人の反応は何らおかしくない。

 ここは大人らしく、礼儀をしっかり見せよう。

 年齢的には十三歳だけど、前世も含めたら三十代だしな。


「リイン・ウェルトです。これからしばらくお世話になります。よろしくお願いします」


 俺は頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします」


 ヴィルのほうは応えるようにお辞儀をしてくれた。

 問題はもう一人。

 明らかに俺の存在を認めないぞと睨んでいたグリムだ。


「ちょっとじいさん、こんなのがホントに弟子なの? 小間使いの間違いじゃなくて?」

「……」

「おいおい酷いこというな。こいつは人間だが見どころがある」

「えぇ~ オレには弱そうなガキンちょにしか見えないけどな~」

「……」


 俺は葛藤していた。

 今日からここでお世話になるんだ。

 部外者である俺を快く思わない者がいる。

 別に不自然じゃない。

 種族だって違うんだから当然だ。

 文句があるなら甘んじて受け入れなければならない。

 そう、俺が我慢すればいいんだ。

 多少何を言われても気にしなければ……。


「こんな弱そうな子供、うちで暮らすなんて無理じゃないの?」

「――お前のほうが子供だろ」


 無理でした。

 どうやら俺は、子供に子供扱いされたり、弱いと馬鹿にされるのが我慢できないらしい。

 気づけば苛立ちが声に漏れていた。


「は? オレに言ってんのか?」

「他に誰がいる? チンチクリンはお前だけだろ」

「チン! なんだと! 人間のガキの癖に!」

「お前のほうがガキだろう! 見た目どうみても俺より年下じゃないか!」

「残念でした! オレは悪魔だぞ! 見た目と年齢は比例しない! オレはお前ら人間の成人年齢を超えてるだよ!」

「だったら俺も前世を含めたら三十歳超えてるからな!」


 自分でも後から馬鹿らしいと思える言い争い。

 その横で、魔王が先生に尋ねる。


「前世って言ってるけど、あの子転生者なの?」

「おう。女神から力を貰えるっていうのに、必要ないからって放棄したらしいぞ。面白いだろ?」

「へぇ、面白いわね。だから気に入ったの?」

「まぁな。それだけじゃねーが」


 二人が俺の話をしていることに気付きながら、俺の気持ちは目の前のうるさい子供で手いっぱいだった。


「弱いとか言ってな? 俺から見ればお前のほうがよっぽど弱そうだぞ」

「どこがだよ! オレの強さがわからないなんて節穴だな!」

「そっちこそだろ!」

「ちっ! じゃあ見せてみろよ! お前がちゃんと強いのかどうか!」

「あ! いいわねそれ!」


 パンと手を叩く音が響く。

 手を叩いたのは魔王アスタロト。

 音が鳴った直後、俺たちはコロシアムの中心にいた。


「え?」

「魔王様?」

「ちょうどいいわ。ここで戦って見せてもらおうじゃない」


 魔王が俺たちを一緒で移動させた?

 手を叩いただけで?

 どういう術式を持ってるんだ?


「そうだな。戦えリイン、今のお前にはちょうどいい相手だ」

「先生……まぁ先生が言うなら」


 俺はグリムと視線を合わせる。


「戦ってやるよ」

「そうこなくっちゃな! オレが勝ったら、お前はオレのペットにしてやるよ」

「……」

「何だよその顔? 怖気づいたのか?」


 俺はキョトンとした表情をしていた。

 その理由は意外だったからだ。


「てっきりここから出て行けって言われると思ったんだけど」

「は? ここ魔界だぞ? 一人で帰れるわけねーじゃん」

「……お前、意外といい奴なのか」

「はぁ? 誰がいい奴だよ! 負けたら首輪つけて散歩してやるからな!」


 ガミガミ言いながら滞在は最初から認めてくれている。

 しかも帰り道を心配って……。

 口うるさくて子供っぽいけど、思いやりの気持ちはあるらしい。

 本人は不服そうだが。


「いいからかかってこいよ! 弱腰なら吹き飛ばして人間界に戻してやるよ!」

「それはないな」


 もしかすると案外、仲良くなれるかもしれない。

 戦う前からそんな予感がして、少しだけ楽しくなった。

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