俺とグリムは距離を取って向かい合う。

 一体魔王城のどこにコロシアムがあったのか疑問だが、広さは十分だ。

 修行していた森の中や川辺より広くて障害物もない。

 ここなら思いっきり戦える。

 他のみんなは邪魔にならないように離れていく。


「そうだ。さっき俺が負けたらの話をしていたけど、そっちが負けたらどうするんだ? お互いリスクが合ったほうが本気で戦えるだろ」

「はん! ありえねーけど、もしオレが負けたらお前のペットにでもなってやるよ」

「ペットか……別にそういう趣味はないんだが」


 それが彼女にとってのリスクになるなら別にいいか。

 

「それでいい。始めよう」


 俺は先に腰の刀を抜く。

 それを見たグリムが意味深な表情を見せる。


「剣か。それもじいさんに教わったのかよ」

「いいや。先生に教わっているのは魔力の扱い方だ。剣術は自分で身に着けた」

「そうかよ。じゃあとりあえず、小手調べだ」


 グリムが地面を蹴る。

 その衝撃に地面がひび割れ、一瞬にして俺の頭上にたどり着く。

 俺は後方に跳び避ける。


「よく躱したな!」


 思った以上に素早い。

 それに重い。

 躱した彼女の拳は地面に当たり、地面に大きくクレーターができる。

 細腕からは想像できないパワーに正直驚いた。

 

「じゃあもっと上げてくぜ!」


 避けた俺に彼女は再接近する。

 さっきより一段素早く、気づけば懐に潜り込んでいる。

 今度は回避が間に合わない。

 懐に目掛けて放たれる拳を、俺は左腕で防御する。


「ぐっ……」


 そのまま力負けして吹き飛ばされた。

 空中で受け身を取りそのまま着地する。

 追撃に備えたが彼女は攻めずにその場で待っていた。


「おいおい、大口叩いてこの程度かよ!」

「……」


 またしても驚かされた。

 速度とパワーがあがったことより、彼女の身体に触れて気づいた。

 俺や先生のように魔力を纏っているわけじゃない。

 魔力は体内で高速循環させることで身体能力を向上させることができる。

 それと体外での操作を併用することで、先生はドラゴンの硬度を勝る斬撃を放った。

 体内での強化は肉体的が限界が生じる。

 それを補い、さらなる強さを得るのが体外での操作なのに……。


「それを使わずにこれだけのパワーを発揮できるものなのか?」


 これが人間と悪魔の身体的差か?


「違うぞリイン!」


 遠くから先生の声が響く。

 先生は俺の戸惑いに気付き、アドバイスを口にする。


「グリムは夢魔なんだよ。彼女は夢を体現する悪魔だ」

「夢魔?」


 聞いたことはある。

 他人の夢に入り込んだり、感情を食べてしまう悪魔の異種だと。

 じゃあ今の力は夢魔の能力?


「そうだぜ! オレは自分のイメージをこの身体で体現できるんだ! オレが望めばこの身体は応えてくれる! 今のオレは、オレがイメージする最強の自分だ!」


 グリムが地面を割りながら跳躍し、俺目掛けて突進してくる。

 さらに速い。

 さすがに様子見で刀を使わないのは舐めすぎた。

 俺は魔力を全身に纏い、刃も覆うように循環させて受ける。

 

「今度は吹き飛ばなかったな!」


 両足と刀を握る腕に魔力を集中させた。

 二度も同じ失敗はしない。

 しかしイメージを具現化する力とは、なんでもありだな悪魔は。

 

「でも、無敵ってわけじゃないだろ?」

「あん?」


 彼女の拳を刀で受け止めながら、俺は笑みを浮かべる。

 おそらく彼女の能力は自分にしか使えない。

 他に影響を与えられるなら、戦いが始まった時点で決着がつく。

 なんの対策もしていなかったから。

 そしてあくまで、実現できるのは彼女がイメージできる範囲のことだけだ。


「なら、お前の想像を超えてやる!」

「はっ! やってみやがれ!」


 拳と刀が弾かれる。

 イメージで強化された肉体は、俺の刃も簡単には通さない。

 けれど無敵じゃない。

 先生は戦う前に言っていた。

 今の俺にはちょうどいい相手だと。

 それはたぶん、今の俺なら彼女のイメージを超えられるという意味だ。


 今度は俺のほうから動く。

 地面を蹴り、グリムの正面へ、とみせて右側面へ回る。

 一瞬つられたグリムだったが、すぐに体の向きを変えて俺の刀を受ける。


「さっきより速くなったな」

「様子見は終わったからな」

「はっ! けどダメだね。そんな刀じゃオレの身体は通らない!」

「それはどうかな?」


 余裕ぶって俺の刃を受け止めている右腕。

 しかし次の瞬間、通らないと豪語した刃が彼女の肌を斬る。


「痛っ!」 


 驚いた彼女は慌てて距離を取る。

 回避が速かったから、斬れたのは薄皮一枚。

 ツーと彼女の右腕から血が流れる。

 

 血は俺たちと同じ赤色なんだな。


「なんで斬れたんだ? オレは確かに斬れないイメージを」

「鋭いだろ! リインの魔力は特別鋭利だから気を付けたほうがいいぞ?」


 先生の声が響く。

 今度は俺ではなく、グリムに対するアドバイスだ。

 俺も貰ったから文句は言えない。

 彼女の力を教えてもらった分、こちらも手の内は晒してもいいだろう。


「魔力……特性か!」

「正解」


 俺が教える前に正解にたどり着いてしまった。

 ちょっと残念だ。

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