「急に近づくからだろ」

「それはごめんなさい。でも、本当にあなたの弟子なのね? 触れた直後に頬を魔力で覆ってみせたわ」

「魔力の扱い方を教えてる途中だ」


 これも無意識だった。

 触れられた瞬間、俺は魔力を頬に集めて固めていた。

 もっとも触れられた後にやっていちゃ間に合わないけど。


「いいわね。それで? ここで面倒を見るの?」

「ダメか?」

「あたしは別にいいわよ。どうせやることがなくて暇だったし」

「……暇?」


 俺は腰の刀を抜く姿勢のまま疑問符を浮かべた。

 そんな俺を二人は見ながら。


「リイン、いつまでその姿勢でいるんだ?」

「心配しなくても大丈夫よ? 何もしないわ」

「……」


 魔王アスタロトはニコリと微笑む。

 確かに敵意は一切感じない。

 むしろ歓迎されているような気さえする。


「あんたは魔王なんだろ?」

「ええ、そうよ」

「俺は人間だ。人間の俺はあんたにとって敵じゃないのか?」

「なんで? 別にあなただって、あたしのことを敵だと思っていないでしょ?」


 図星をつかれて俺は驚く。

 俺の心を見透かしたように、彼女は微笑む。

 その通り。

 俺は彼女を敵とは思っていない。

 武器を構えたのは驚いたからであって、戦うつもりがあったわけじゃない。


「あたしは魔王よ。人間のあなたにとって敵でしょう? でもあなたは敵意を向けない。それはどうしてなの?」

「……俺は種族とか、世界の争いに興味がない。それに俺は、あんたに何かされたわけじゃないから」

「じゃあ同じね。あたしもあなたに何かされたわけじゃないし、争いにも興味ないわ」

「……戦争してるのに?」


 いやそもそも、この雰囲気で本当に戦争なんてしているのか? 

 俺が勝手に抱いていた魔王のイメージと全然違う。

 確かにすさまじい存在感はあったけど、魔王らしい邪悪さみたいなものは皆無だ。

 先生が親戚のおじさんなら、魔王は親戚のお姉さん?


「戦争はしてる。けど実際に戦ってるわけじゃないんだよ」

「先生」


 俺の疑問に応えるように、先生が口を開く。


「人類と悪魔の対立は千年以上前から続いてる。代替わりしても尚、お互いに敵だと思っている。もはやそれは根源的な対立だ。人間にとってワシら悪魔が悪であるように、ワシらにとっても人間は悪だと認識している者が多い」

「だから今も対立してる。戦争が続いていることにしておけば、自分たちを誰かが守ってくれていると思って安心するでしょ?」


 悪魔が、人間がいつ侵略してくるかわからない。

 そんな恐怖に耐えながら穏やかに日常生活を送ることは難しい。

 けれど常に戦い、拮抗する戦力があると知っていれば?

 自分たちが守られていると自覚することで、恐怖から逃れている。

 

「戦争はただのポーズだっていうのか?」

「そうよ。小競り合いはあるけど、大きな戦いはもう百年起きてないわね。どっちかというと、魔王の座を狙った元気な若人があたしに挑戦しにくるほうが多いわ」

「その相手をワシがさせられていたんだよ」


 先生は小さくため息をこぼす。

 毎日のように戦っていたというのは、人間相手ではなく同じ悪魔だったのか。

 その相手も落ち着いたから休暇を貰ったのだと、先生は続けて説明してくれた。

 つまり人類と魔王の対立は、今の平和を維持するために仕組まれたものだったということ。


「実際はお互いに不干渉。実際にあって取り決めたわけじゃないけど、なんとなく雰囲気であっちの王様もわかってくれてるみたいね。お陰で何もすることなくて暇なのよ。今のあたしは平和主義なの」

「よく言うな。昔は暴れまわってたくせに」

「昔の話はいいの。戦いが好きでしてた時代もあったわ。けど長く続けると飽きが来るのよ。相手になる奴もみんな先に死んじゃったしね」


 そう語る魔王アスタロトの表情は、どこか寂し気だった。

 悪魔の寿命は人間よりはるかに長い。

 中には何千年と生きる悪魔もいるらしい。

 彼女もその一人だとすれば、さぞ退屈な日々を送ってきたのだろう。


「ならちょうどいい刺激になるぞ? こいつは鍛えれば、ワシ以上……お前にも届くかもしれん」

「へぇ、それは楽しみね」


 心から嬉しそうに彼女は笑う。

 その姿は妖艶で、とても魔王には見えないけれど。

 彼女が世界最強の存在なら、先生と同じく俺の目標にするべき存在だろう。


「いつか超えてみせるよ」

「ふふっ、楽しみね。あ、でも待って。ここで生活することにあたしは賛成だけど、他の子たちの意見も聞いておいたほうがいいわね」

「他の?」


 城に入って一度も誰かとすれ違っていない。

 それ以前に気配が感じられない。

 俺もそれなりに修行したし、この城の中なら気配を探れる。

 自分たち以外には誰もいないと思っていたんだけど……。


「そういやあの二人はどこだ?」

「呼べばくるわよ。グリム、ヴィル、王座の間に来なさい」

「ほーい」

「は、はい!」


 突然声がした。

 魔王アスタロトの後ろから、二つの高い女の子の声。

 ひょこりと顔を出す薄紫色の髪の少女たち。

 驚いたのは気配の異質さだ。

 姿が見えるまでまったく気づけなかった。

 魔王とは違った理由で気配が普通じゃない。

 二人とも背丈は俺より低く、ぱっと見の年代は近そうだ。

 それに容姿がよく似ている。

 姉妹……いや双子?

 悪魔にも双子とかあるのか?


「お呼びですか? 魔王様!」

「な、何でしょうか?」

「二人に意見を聞きたくてね。うちで新しく一緒に暮らしたい子がいるのよ」

「新人? どんなや……」


 現れた少女の片方が、ギロっと俺を睨む。

 もう一人は驚いいて目を真ん丸に開いていた。

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