肆
いつものように中庭で稽古をしていると、バタバタと慌ただしい足音が近づく。
「リイン! 俺と勝負しやがれ!」
「えぇ……またなの? 兄さん」
「今日こそお前を倒してやるから覚悟しろよ!」
「いや……やるとは一言も……まぁいいや」
兄さんとここで最初に戦ってい以来、ほぼ毎日勝負を挑まれるようになった。
よほどあの敗北が悔しかったらしい。
俺が診ていないところで魔術の特訓をして、めきめきと実力を上げている。
もっとも、今日まで一度も負けたことはないけど。
「次だ! もう一本!」
「今日はここまでだよ。あんまり同じ人とばかり戦うと癖がつくから嫌なんだ」
「関係あるか! 俺が勝つまで続けるんだよ!」
「勘弁してよ……」
何度敗れても立ち上がり、諦めない根性は認めざるを得ない。
我が兄ながらあっぱれだ。
剣術を馬鹿にすることもなくなったし、少しは日常会話も増えた気がする。
これはこれで悪くない関係……なのかな?
「くそっ! あと少しで勝てそうなのによぉ!」
「まだまだ負けないよ」
「けっ! そうやって余裕ぶってろよ。すぐにぶった押してやるからな!」
そう言い残して去って行く兄さんの後姿に、俺はぼそりと本音を漏らす。
「余裕なんてない」
正直、俺は焦っていた。
確実に強くなる兄さんに対して?
いいや、自分自身のことだ。
あれから毎日特訓して、俺自身剣術に磨きはかかっている。
背丈も伸びて、転生前の状態に近づいた。
今の俺は、転生前の俺よりもはるかに強くなっている。
「……さてと」
夜まで待って、みんなが寝静まる時間帯になる。
誰もが寝息を立てる中、ひっそりと小さく足音を立てて屋敷を抜け出す。
向かった先は森の奥にある渓谷だ。
ここは普段、強い魔物がたくさんいるから近づかないようにと言われていた。
俺はあえてそこに踏み入る。
目的はもちろん、魔物と戦うことだ。
「いた! オオムカデの魔物!」
確か名前はチャグロオオムカデだったか。
像を超える巨大な体に、強靭な甲殻。
口からは酸性の粘液を出す。
きわめて厄介な相手だ。
俺はあえて音をたててムカデに気付かせる。
「気づいたな?」
俺は腰の刀に手をかける。
この刀は俺が唯一持つ術式で作り出したものだ。
俺の【剣製術式】は、消費する魔力の量、生み出す剣の大きさによって強度や切れ味が変わる。
肉体の成長と共に増える魔力、一日に生成できる全てを注ぎ込んだ一振りだ。
強靭なムカデの外殻も斬れる。
野太刀自顕流。
幕末の下級剣士に好まれた流派であり、かの新選組を震撼させた西国最強の流派。
防御の型はなく、相手を叩き斬ることのみに特化した剣術。
その神髄は、即抜斬!
抜けば必殺、最速の――
「抜刀!」
襲い掛かろうとするムカデよりも早く、刀を抜いて斬り裂く。
硬い外殻の奥にある本体ごと両断し、ムカデの頭が真っ二つに切断されボトンと落下する。
「ふぅ……」
魔物相手でも恐怖は感じない。
ただ空しさが残る。
どうしてだろう?
確実に強くはなっているのに、なぜだかしっくりこない。
俺は右手をグーパーしながら己の身体を確かめる。
女神様によって手に入れたこの肉体は強靭だ。
筋力訓練は前世でもやっていたけど、これほど力がついたことはない。
まだ当時の年齢に届いていないのに、あの頃よりもはるかに強い力が宿っている。
反射速度も、柔軟性も、元の世界だったら陸上競技全てにオリンピックに出れるし、余裕で金メダルだろう。
加えて魔力だ。
辺境でも貴族の出身だからということもあって、常人を遥かに超える速度で魔力が増えている。
これも女神様のおかげだろう。
攻撃の瞬間に魔力を放出することで、斬撃の威力は大幅に上昇する。
今の俺なら、鋼鉄の塊だって両断できそうだ。
それなのに……。
「なんだ? この違和感は?」
今のままじゃダメだと、本能が警告している。
地道に剣術を磨き、実戦経験を積んでも、最強には届かない。
元の世界ならともかく、この世界では……。
誰に指摘されたわけでもないのに、そんな漠然敵な不安が消えなかった。
俺はこのモヤモヤを発散したくて、両親に内緒で夜な夜な魔物狩りをしている。
「と言っても、この辺りの魔物は大体戦ったしな。新しい狩場でも――」
その時だった。
月明かりが突如として掻き消える。
夜の中にある漆黒。
目に見えて大きすぎるそれは翼を広げ、俺の頭上を飛んでいる。
噂には聞いていた。
いることは知っていた。
けれどこんな場所で巡り合うなんて予想外だ。
この世界の魔物の頂点。
全生物、生態系のトップに君臨する最強の生物。
「――ドラゴン!」
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