いつものように中庭で稽古をしていると、バタバタと慌ただしい足音が近づく。


「リイン! 俺と勝負しやがれ!」

「えぇ……またなの? 兄さん」

「今日こそお前を倒してやるから覚悟しろよ!」

「いや……やるとは一言も……まぁいいや」


 兄さんとここで最初に戦ってい以来、ほぼ毎日勝負を挑まれるようになった。

 よほどあの敗北が悔しかったらしい。

 俺が診ていないところで魔術の特訓をして、めきめきと実力を上げている。

 もっとも、今日まで一度も負けたことはないけど。


「次だ! もう一本!」

「今日はここまでだよ。あんまり同じ人とばかり戦うと癖がつくから嫌なんだ」

「関係あるか! 俺が勝つまで続けるんだよ!」

「勘弁してよ……」


 何度敗れても立ち上がり、諦めない根性は認めざるを得ない。

 我が兄ながらあっぱれだ。

 剣術を馬鹿にすることもなくなったし、少しは日常会話も増えた気がする。

 これはこれで悪くない関係……なのかな?


「くそっ! あと少しで勝てそうなのによぉ!」

「まだまだ負けないよ」

「けっ! そうやって余裕ぶってろよ。すぐにぶった押してやるからな!」


 そう言い残して去って行く兄さんの後姿に、俺はぼそりと本音を漏らす。


「余裕なんてない」


 正直、俺は焦っていた。

 確実に強くなる兄さんに対して?

 いいや、自分自身のことだ。

 あれから毎日特訓して、俺自身剣術に磨きはかかっている。

 背丈も伸びて、転生前の状態に近づいた。

 今の俺は、転生前の俺よりもはるかに強くなっている。


「……さてと」


 夜まで待って、みんなが寝静まる時間帯になる。

 誰もが寝息を立てる中、ひっそりと小さく足音を立てて屋敷を抜け出す。

 向かった先は森の奥にある渓谷だ。

 ここは普段、強い魔物がたくさんいるから近づかないようにと言われていた。

 俺はあえてそこに踏み入る。

 目的はもちろん、魔物と戦うことだ。


「いた! オオムカデの魔物!」


 確か名前はチャグロオオムカデだったか。

 像を超える巨大な体に、強靭な甲殻。

 口からは酸性の粘液を出す。

 きわめて厄介な相手だ。

 俺はあえて音をたててムカデに気付かせる。


「気づいたな?」


 俺は腰の刀に手をかける。

 この刀は俺が唯一持つ術式で作り出したものだ。

 俺の【剣製術式】は、消費する魔力の量、生み出す剣の大きさによって強度や切れ味が変わる。

 肉体の成長と共に増える魔力、一日に生成できる全てを注ぎ込んだ一振りだ。

 強靭なムカデの外殻も斬れる。


 野太刀自顕流。

 幕末の下級剣士に好まれた流派であり、かの新選組を震撼させた西国最強の流派。

 防御の型はなく、相手を叩き斬ることのみに特化した剣術。

 その神髄は、即抜斬!

 抜けば必殺、最速の――


「抜刀!」


 襲い掛かろうとするムカデよりも早く、刀を抜いて斬り裂く。

 硬い外殻の奥にある本体ごと両断し、ムカデの頭が真っ二つに切断されボトンと落下する。


「ふぅ……」


 魔物相手でも恐怖は感じない。

 ただ空しさが残る。

 どうしてだろう?

 確実に強くはなっているのに、なぜだかしっくりこない。

 

 俺は右手をグーパーしながら己の身体を確かめる。


 女神様によって手に入れたこの肉体は強靭だ。

 筋力訓練は前世でもやっていたけど、これほど力がついたことはない。

 まだ当時の年齢に届いていないのに、あの頃よりもはるかに強い力が宿っている。

 反射速度も、柔軟性も、元の世界だったら陸上競技全てにオリンピックに出れるし、余裕で金メダルだろう。

 加えて魔力だ。

 辺境でも貴族の出身だからということもあって、常人を遥かに超える速度で魔力が増えている。

 これも女神様のおかげだろう。

 攻撃の瞬間に魔力を放出することで、斬撃の威力は大幅に上昇する。

 今の俺なら、鋼鉄の塊だって両断できそうだ。

 

 それなのに……。


「なんだ? この違和感は?」


 今のままじゃダメだと、本能が警告している。

 地道に剣術を磨き、実戦経験を積んでも、最強には届かない。

 元の世界ならともかく、この世界では……。

 誰に指摘されたわけでもないのに、そんな漠然敵な不安が消えなかった。

 俺はこのモヤモヤを発散したくて、両親に内緒で夜な夜な魔物狩りをしている。

 

「と言っても、この辺りの魔物は大体戦ったしな。新しい狩場でも――」


 その時だった。

 月明かりが突如として掻き消える。

 夜の中にある漆黒。

 目に見えて大きすぎるそれは翼を広げ、俺の頭上を飛んでいる。


 噂には聞いていた。

 いることは知っていた。

 けれどこんな場所で巡り合うなんて予想外だ。


 この世界の魔物の頂点。

 全生物、生態系のトップに君臨する最強の生物。


「――ドラゴン!」

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