鳥肌が止まらない。

 ドラゴンの赤い瞳が、俺の赤い瞳を捉える。

 その時、初めてだ。

 前世でも感じたことがないほど圧倒的な恐怖が全身を襲う。

 俺は死を悟った。


 全身の細胞が死を予感する。

 こいつには勝てないと、半ば敗北を認めている。


「ふざけるなよ」


 勝手に負けを認めるな。

 なんのために生まれ変わったか思い出せ。

 こういう理不尽な相手にも、剣一本で勝てるくらい強くなれるように修行してきたんだ。

 

「やってやる!」


 俺は刀を抜いて構える。

 睨むは頭上。

 俺の上にいる巨大なドラゴン。

 果たしてどうやって刃を届かせればいいのか。

 まずは近づく方法を考えよう。


「降りてきてくれたら楽なんだけどな」


 とか、のんきなことを言っていた俺に、鮮烈な挨拶が繰り出される。

 それは突風だった。

 否、何が起こったのかわからない。

 ただ激しく全身が揺さぶられ、気づけば地面に倒れていた。


「ぐっ……」


 何が起こった?

 何をされた?

 ドラゴンは変わらず頭上で羽ばたいている。

 よく見ると周囲の岩や地面がえぐれていた。

 パラパラと瓦礫が、ドラゴンの尻尾から落ちる。


「……まさ……か……」


 尻尾を振ったのか?

 ただそれだけで、俺は吹き飛ばされた?

 見ることすらできずに?

 なんという速度、加えて破壊力。

 兄さんの魔術がチンケに見えてしまうほど、圧倒的な強さ。

 これが……生物界の頂点か。


「く……そ……」


 身体が動かない。

 手足はくっついているし、骨も逝っていない。

 脳が揺れたせいだ。

 激しすぎる衝撃に身体が対応できず、ふらついて力が入らなくなっている。

 このままじゃまた……。


 死ぬ。


 何もできずに?

 せっかく生まれ変わったのに、結局また死ぬのか?

 ふざけるなよ。

 こんなところで終わってたまるか。

 俺を見下ろすあのドラゴンを、両断できるような強さがほしい。

 特別じゃない。

 剣士として圧倒的な――


「――ったく、うるせぇな! バサバサと」 

「……っ」


 なんだ?

 誰かが立っている。

 いつの間にか俺のすぐ横に。

 二メートルくらいはある大男。

 どこは人間離れした雰囲気、気配を漂わせる。

 注目すべきは、腰に剣を携えていること。

 

「トカゲ野郎、ワシの眠りを妨げた罰をくれてやる」


 男は剣を握る。

 そして、美しい軌跡を描き、ドラゴンの首を切断した。

 あまるに早く、そして綺麗だった。

 俺は見惚れてしまった。

 強大な敵を倒したことにではなく、その男の剣術に。

 自分を凌駕する剣士の御業に。


「ふぅ、災難だったな坊主。生きてるか?」

「あ、あ……」

「お、頑丈だな? もうこんな危険な場所に来るんじゃねーぞ?」

「あ……」


 男は立ち去ろうとする。

 まだ頭がぐわんぐわんとしているし、ふらつく。

 だけど関係ない。

 俺は唇をかみしめて、無理矢理に頭を覚醒させる。

 そのまま刀を握り、男の背後に斬りかかる。


「うおっと! 何だお前? 急に元気になりやがって!」

「っ……行かせない」

「は? 助けたやったのになんだこいつ! 命は大事にしやがれ」

「そんなこと……今はどうでもいい!」


 俺はありったけの力で押し込む。

 

「くっ……」

(この小僧……魔力も使わないでなんつー力だ)

「だが青いな」


 俺の力をうまくいなし、身体をくるりと翻して背を押される。

 そのまま俺は地面に転がる。

 しかしすぐ立ち上がり、平晴眼の構えをとる。

 

「お前……」


 身体の覚醒は不完全。

 こんな状態でまともに戦えない。

 だからこそ、今出せるありったけを。

 あの時よりも速く、鋭く、強く!


 天然理心流奥義。


「無明剣」


 元の世界では繰り出せなかった三段突き。

 未完成だけど、この世界で鍛えた身体なら使える。

 ほぼ同時、三回の突き。

 兄さんはこれまで一度も反応できなかった。

 でも、この人なら……。


「おいおい、驚いたな小僧。その年で、そこまで剣技を磨いたのか」


 やっぱり躱された。

 いともたやすく。


「見つけた」

「あん?」


 俺は刀を下ろす。

 

「なんだよお前、斬りかかってきたと思ったらシュンとしやがって。というより何だ? 最初から敵意がまったく感じなかったぞ」

「……見たかったんだ。あんたの強さを」


 確かめて、ハッキリした。

 この男は強い。

 理不尽なほどに、今の俺よりもずっと。


「あんたに……頼みがあるんだ」

「ん?」

「俺を……弟子にしてほしい!」

「――は?」


 男は驚いて目を丸くする。

 予想していなかったのだろう。

 けれど俺は本気だ。

 確信に近い予感がある。

 この男の下で学べば、俺はもっと強くなれる。

 本物の武士に、最強の剣士に近づけると。


「おいおい、急にどうした? 今あったばかりの怪しいおっさんに出し入り? 正気か?」

「俺は本気だ! あんたの剣技に見惚れたんだ。どこの流派でもない。きっとこの世界が育んだ戦い方をあんたは熟知している! 今の俺に足りないものを、あんたなら教えてくれると思ったんだ!」

「何を勝手にペラペラと……嫌だぞ。どこの誰とも知れないガキの面倒なんて見れるか。第一お前も、ワシみたいなよくわからん男に頼み事なんかしてるんじゃない。ワシと関わると後悔するぞ?」

「それは、あんたが人間じゃないからか?」


 俺の質問に、男はびくりと反応して見せる。


「お前……なんでわかる? 見た目は普通だろ? 気配だって完璧に偽装してる」

「完璧じゃない。少なくとも俺には……あんたの気配は異質に見える。人間とは明らかに違う空気を感じた」

(こいつ……わかるのか? 魔術でもスキルでもなく、ただの経験から来る観察眼で、ワシが人間ではないことを見破る?)

「その若さで、その境地に至っているというのか?」


 男は笑う。

 無邪気に、新しいおもちゃでも見つけたように。


「小僧、名前は?」

「リイン・ウェルト」

「家名があるってことは人間の貴族か? つくづく面白い小僧だな。後悔するかもしれないぞ?」

「しない! 俺が後悔するとしたら、最高の剣士になれなかった時だ」


 何のために世界を超えて剣術を磨いたのか。

 その意味を改めて胸に呼び起こす。


「いいぞ小僧、気に入った! お前を弟子にしてやる」

「本当か?」

「おう、ただしワシは厳しいぞ。修行中に死んでも文句を言うなよ?」

「ああ、それでいい! 普通のやり方じゃ強くなれない」

「ふっ……」 

 

 男は大きな右手を差し出す。


「ワシはアガレスだ。よろしくな、リイン」

「よろしくお願いします! 先生」


 こうして俺は、どこの誰ともわからない、人間ですらない男の弟子となった。

 この選択が、俺の人生を大きく左右することを……この時の俺は気づきもしない。

 頭にあるのは剣のことだけだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


第一章はこれにて完結となります!

次章をお楽しみに!


できれば評価も頂けると嬉しいです!!

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