参
自然に囲まれた屋敷の庭で、木刀を握り振るう。
「九九七、九九八、九九九、千!」
日課の素振り千回を終えて、流れる汗をぬぐう。
この世界はいろいろと面白い。
俺が知っている現代の常識とはかけ離れていて、様々な発見もある。
幸運にも辺境の伯爵家に生まれたことで、それなりに裕福な暮らしもできていた。
お陰で生まれ変わったこの世界での生活にもだいぶ慣れて、剣術の訓練にも集中できるようになってきた。
他のことを考えずに修行へ打ち込めて快適だ。
まぁ、時々邪魔は入るけど。
「おいリイン! また素振りなんてやってるのかよ!」
「……グエン兄さん」
この人は俺の二つ離れた実兄、グエン・ウェルト。
俺が庭で稽古をしていると、ちょくちょく邪魔をしにきて煽る。
「いい加減に諦めろよな。そんなもんいくら振り回したって無駄なんだよ」
「何が無駄なのさ」
「わかってんだろ? 剣術なんて魔術の前じゃ無意味だってことが」
「……」
兄さんは自信満々に演説する。
もう耳にタコができるほど聞いたセリフだ。
この世界に置いて強さとは、魔術師としての技量によって左右される。
魔力を用いて様々な効果を発揮する……それが魔術。
術式は生まれながらに宿していて、どんな術式をいくつ宿しているかによって、魔術師としての強さの格が変わる。
つまり、魔術師の強さは才能がほぼすべてだ。
「まっ、でもしかたないよな? お前が持ってる魔術って、剣を作れるだけの低級術式しかないんだからさぁ」
そう、俺が持つ術式はたった一つ。
魔力を消費して剣を生み出す【剣製術式】。
特殊な魔剣が作れるわけじゃない。
剣を生み出すだけの術式だ。
兄さんの言う通り、術式としてのランクは下の下。
他に何も持っていない俺は、魔術師としては三流以下という評価になる。
対して兄さんの場合は三つの術式を宿していた。
どれも強力な術式だ。
だからこそ、不出来で哀れな弟をからかって楽しんでいる。
甘やかされて育った弊害だな。
反論しても無駄だから、いつものように聞き流す。
「剣術なんて時代遅れなんだよ! そんな棒切れ一本んじゃ何もできやしないんだぜ!」
「……それはどうかな?」
「は?」
つもりだったけど、気が変わった。
いい加減に腹が立ってきていたところだ。
剣術の訓練も進んでいるし、この辺りで一度実戦訓練を入れておこう。
俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「何笑ってるんだ」
「試してみようよ、兄さん」
「何言ってんだ?」
「俺の剣術と、兄さんの魔術……どっちが強いか比べようよ」
俺は笑みを浮かべながら兄さんに提案する。
兄さんは一瞬イラついて、すぐに笑みを浮かべて顎を上げる。
「正気かよ。お前が俺と?」
「うん。勝てると思うよ」
「へぇ、じゃあ試してやるよ。怪我してもしらねーからな?」
「お互いにね」
俺と兄さんは庭で距離を取る。
この世界での実戦は始めてだ。
とは言え、元の世界も含めたら何百戦としている。
今さら緊張はない。
あるとすれば少しの期待だ。
魔術師という者と世界にはいなかった存在と、こうして戦うことができる。
この世界において絶対の魔術。
その力に剣術がどこまで対応できるのか……確かめてやる。
「ルールは簡単だ! どっちかが戦闘不能になるか、参ったと言ったら終わり! それでいいな?」
「うん! 問題ないよ」
「よーし……泣かせてやるよ」
「お手柔らかに」
俺は木刀を握る。
対する兄さんの獲物はない。
彼は右手を宙にかざし、その身に宿した術式を発動させる。
「燃え盛れ! ヘルフレア!」
かざした右手から紅蓮の炎が燃え上がる。
あれが兄さんが持つ術式の一つ。
魔力を消費して生成した紅蓮の炎を自在に操る術式だ。
「いくぞ!」
兄さんは右手を振り下ろす。
炎は柱状に伸び、鞭うつように撓りながら俺を側面から襲う。
俺は大きくうしろに跳び避けた。
「よく躱したな! 運がいいじゃねーか」
攻撃は派手だけど速度は大したことない。
破壊力はある。
ヘルフレアは普通の炎よりも攻撃力が高く、兄さんの意思で自在に変化する。
これが魔術……俺が手放した可能性か。
「ねぇ兄さん、他の術式は使わないの?」
「舐めるなよリイン! てめぇ相手にはこいつ一つで十分だ!」
「そっか。残念だけど仕方がないか」
できれば他の術式も一緒に体験したかったけどな。
それはまたの機会に取っておこう。
「おらおらどうした? 近づけねーだろ?」
兄さんは無邪気に炎を右へ左へと操る。
勝ち誇っているところ申し訳ないけど、隙だらけだ。
俺が近づけるなんて微塵も思っていない。
「そろそろ飽きたな」
「は? 何を――」
「終わりにしよう」
見物も終わり、俺は木刀を左半身で構えて前進する。
炎の攻撃は変幻自在。
ただし扱う本人は素人同然の子供。
攻撃のリズムも単調で、一度攻撃してから切り返すまでに三秒のタイムラグがある。
攻撃のタイミングさえわかれば、躱すことなんて容易い。
あっという間に接近して、木刀が届く距離に詰める。
「くそっ!」
兄さんは咄嗟に術式を解除した。
その直後、左手を俺の顔に向けてかざす。
別の術式を使おうとしたのか?
悪くない判断だ。
でも――
「遅すぎだよ」
「なっ!」
かざした左手を切り払い、そのまま喉元に切っ先を向ける。
「っつ……」
「はい。俺の勝ちだね」
「く、くそ! こんなのありえない! もう一回だ!」
「別にいいよ。何度でも」
魔術師と言っても所詮は同じ人間だ。
俺が剣を扱うのと同じ。
魔術という新しい武器を手に入れただけで、戦い方が劇的に変化するわけじゃない。
今でも十分に戦える。
けど……これじゃダメだ。
何かが足りない。
そんな気がしてならない。
さらに二年が経過する。
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