自然に囲まれた屋敷の庭で、木刀を握り振るう。

 

「九九七、九九八、九九九、千!」


 日課の素振り千回を終えて、流れる汗をぬぐう。

 この世界はいろいろと面白い。

 俺が知っている現代の常識とはかけ離れていて、様々な発見もある。

 幸運にも辺境の伯爵家に生まれたことで、それなりに裕福な暮らしもできていた。

 お陰で生まれ変わったこの世界での生活にもだいぶ慣れて、剣術の訓練にも集中できるようになってきた。

 他のことを考えずに修行へ打ち込めて快適だ。

 まぁ、時々邪魔は入るけど。


「おいリイン! また素振りなんてやってるのかよ!」

「……グエン兄さん」


 この人は俺の二つ離れた実兄、グエン・ウェルト。

 俺が庭で稽古をしていると、ちょくちょく邪魔をしにきて煽る。


「いい加減に諦めろよな。そんなもんいくら振り回したって無駄なんだよ」

「何が無駄なのさ」

「わかってんだろ? 剣術なんて魔術の前じゃ無意味だってことが」

「……」


 兄さんは自信満々に演説する。

 もう耳にタコができるほど聞いたセリフだ。

 この世界に置いて強さとは、魔術師としての技量によって左右される。

 魔力を用いて様々な効果を発揮する……それが魔術。

 術式は生まれながらに宿していて、どんな術式をいくつ宿しているかによって、魔術師としての強さの格が変わる。

 つまり、魔術師の強さは才能がほぼすべてだ。

 

「まっ、でもしかたないよな? お前が持ってる魔術って、剣を作れるだけの低級術式しかないんだからさぁ」


 そう、俺が持つ術式はたった一つ。

 魔力を消費して剣を生み出す【剣製術式】。

 特殊な魔剣が作れるわけじゃない。

 剣を生み出すだけの術式だ。

 兄さんの言う通り、術式としてのランクは下の下。

 他に何も持っていない俺は、魔術師としては三流以下という評価になる。

 対して兄さんの場合は三つの術式を宿していた。

 どれも強力な術式だ。

 だからこそ、不出来で哀れな弟をからかって楽しんでいる。

 甘やかされて育った弊害だな。

 反論しても無駄だから、いつものように聞き流す。


「剣術なんて時代遅れなんだよ! そんな棒切れ一本んじゃ何もできやしないんだぜ!」 

「……それはどうかな?」

「は?」


 つもりだったけど、気が変わった。

 いい加減に腹が立ってきていたところだ。

 剣術の訓練も進んでいるし、この辺りで一度実戦訓練を入れておこう。

 俺はニヤリと笑みを浮かべる。


「何笑ってるんだ」

「試してみようよ、兄さん」

「何言ってんだ?」

「俺の剣術と、兄さんの魔術……どっちが強いか比べようよ」


 俺は笑みを浮かべながら兄さんに提案する。

 兄さんは一瞬イラついて、すぐに笑みを浮かべて顎を上げる。


「正気かよ。お前が俺と?」

「うん。勝てると思うよ」

「へぇ、じゃあ試してやるよ。怪我してもしらねーからな?」

「お互いにね」


 俺と兄さんは庭で距離を取る。

 この世界での実戦は始めてだ。

 とは言え、元の世界も含めたら何百戦としている。

 今さら緊張はない。

 あるとすれば少しの期待だ。

 魔術師という者と世界にはいなかった存在と、こうして戦うことができる。

 この世界において絶対の魔術。

 その力に剣術がどこまで対応できるのか……確かめてやる。


「ルールは簡単だ! どっちかが戦闘不能になるか、参ったと言ったら終わり! それでいいな?」

「うん! 問題ないよ」

「よーし……泣かせてやるよ」

「お手柔らかに」


 俺は木刀を握る。

 対する兄さんの獲物はない。

 彼は右手を宙にかざし、その身に宿した術式を発動させる。


「燃え盛れ! ヘルフレア!」


 かざした右手から紅蓮の炎が燃え上がる。

 あれが兄さんが持つ術式の一つ。

 魔力を消費して生成した紅蓮の炎を自在に操る術式だ。


「いくぞ!」


 兄さんは右手を振り下ろす。

 炎は柱状に伸び、鞭うつように撓りながら俺を側面から襲う。

 俺は大きくうしろに跳び避けた。


「よく躱したな! 運がいいじゃねーか」


 攻撃は派手だけど速度は大したことない。

 破壊力はある。

 ヘルフレアは普通の炎よりも攻撃力が高く、兄さんの意思で自在に変化する。

 これが魔術……俺が手放した可能性か。


「ねぇ兄さん、他の術式は使わないの?」

「舐めるなよリイン! てめぇ相手にはこいつ一つで十分だ!」

「そっか。残念だけど仕方がないか」


 できれば他の術式も一緒に体験したかったけどな。

 それはまたの機会に取っておこう。


「おらおらどうした? 近づけねーだろ?」


 兄さんは無邪気に炎を右へ左へと操る。

 勝ち誇っているところ申し訳ないけど、隙だらけだ。

 俺が近づけるなんて微塵も思っていない。

 

「そろそろ飽きたな」

「は? 何を――」

「終わりにしよう」


 見物も終わり、俺は木刀を左半身で構えて前進する。

 炎の攻撃は変幻自在。

 ただし扱う本人は素人同然の子供。

 攻撃のリズムも単調で、一度攻撃してから切り返すまでに三秒のタイムラグがある。

 攻撃のタイミングさえわかれば、躱すことなんて容易い。

 あっという間に接近して、木刀が届く距離に詰める。


「くそっ!」


 兄さんは咄嗟に術式を解除した。

 その直後、左手を俺の顔に向けてかざす。

 別の術式を使おうとしたのか?

 悪くない判断だ。

 でも――


「遅すぎだよ」

「なっ!」


 かざした左手を切り払い、そのまま喉元に切っ先を向ける。


「っつ……」

「はい。俺の勝ちだね」

「く、くそ! こんなのありえない! もう一回だ!」

「別にいいよ。何度でも」


 魔術師と言っても所詮は同じ人間だ。

 俺が剣を扱うのと同じ。

 魔術という新しい武器を手に入れただけで、戦い方が劇的に変化するわけじゃない。

 今でも十分に戦える。

 けど……これじゃダメだ。

 何かが足りない。

 そんな気がしてならない。

 

 さらに二年が経過する。

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