弐
キョトンとする女神様。
彼女は目を疑い、改めて聞きなおす。
「い、いらない? 特別な力がもらえるのよ?」
「そんなのいらない。俺は剣士になれるならそれでいい。特別な力なんてあったら、それのおかげで強くなっちゃうだろ?」
「空間を支配することも、天候を支配することも、時間だって狂わせられるのよ!」
「だから、そういうのが余計なんだって」
この女神様はわかっていない。
圧倒的な力を最初から持っていたら意味がないんだ。
武士も、剣士も特別じゃない。
誰でも握れる。
誰でも振れる。
その上で、最強へと至る。
誰でもできるけど、誰にも至れない頂へ達する。
それが最高に格好いいんだ。
「ほ、本当に何もいらないの? 今からいく世界は魔術が全てよ? 何もなしなんてやっていけないわ」
「えぇ……じゃあとりあえず、剣を作れる力とかもらえない? それでいいや」
「ああ、じゃあ魔剣と聖剣を」
「そういうのはいらないって。ただの剣、しいていえばよく斬れて折れにくい剣があればそれでいい」
特別な力も、性能もいらない。
剣士にとって最高の武器は、どれだけ斬っても刃こぼれせず、よく斬れる刃だ。
「あ、あなたねぇ……その程度の能力なんて簡単に作れるのよ? それじゃポイントが余ってしまうじゃない!」
「ポイントってなんだよ……」
能力ってポイント制なのか?
よくわからないけど。
女神様は呆れながら焦っているように見える。
俺が言っていることがよほど異常なことなのだろう。
「じゃあ残りのポイントは、新しい世界で剣士になるために必要な要素に割り振ってくれよ」
「は? どういうこと?」
「あるだろ? 筋力とか反射速度とか。さっき言ってた魔力も。どれだけ鍛えても人間には限界があった。その限界を引き上げてほしい」
そうすれば、俺の身体は理想について来られる。
鍛えぬく中で薄々感じていた。
俺に足りないのは技術ではなく、それについてこられる肉体のほうだと。
「できるの?」
「まぁできるけど……本当にいいの? 特別な力を手に入れて、異世界でハッスルできるチャンスなのよ?」
「特別なんていらない。俺がなりたいのは最強の剣士、最高の武士だ。名を遺した剣客たち……彼らは特別なんかじゃない。等しく武士だった。だから俺も――」
それでいい。
絶対の力なんてなくたって、剣一つで強さの高みへたどり着く。
どんな理不尽も強大な力も、俺の剣で断ち斬ってやろう。
俺は決意を固める。
すると女神様は盛大にため息をこぼして。
「はぁ……もういいわ。じゃあ転生させてあげる」
「ああ、頼むよ」
直後、俺の身体がふわりと浮かぶ。
淡い光の粒子が漂い、俺の身体を覆っていく。
「さぁ、あなたは生まれ変わる。新たな世界で新たな生を歩みなさい。願わくば、あなたが世界を変える一人となることを期待しているわ」
◇◇◇
転生者は消えて、女神だけが残る。
彼女は深くため息をこぼす。
そこへ別の女神は姿を見せた。
「お疲れ様でした。先輩」
「本当に疲れたわ」
「面白い子でしたね。特別な力なんていらない! とか本心で言うなんて」
「そうね」
二人の女神は呆れる。
「もったいないことしたって、後になって後悔するんじゃないですか?」
「それはどうかしら? あの子はきっとそうならない。だって最期まで自分の流儀を貫き通して死んだのよ」
「確かに、けどもったいないですよ、私からしたら」
「そうね……ただ、思うのよ」
力を授けた女神は見上げる。
何もない天井を、彼女には何が見えているのか。
「あーいう普通とかけ離れた馬鹿な子こそ、世界を大きく変えてしまうかもしれないわね」
◇◇◇
身体に感覚が戻る。
温かい……毛布だろうか。
何かに包まれている。
俺はゆっくりと目を開けた。
「おお! こっちを見てくれたぞ」
「可愛いわね~ ほら、お母さんよ~」
ここはどこだ?
見慣れない男女が俺を見下ろしている。
身体は自由に動かない。
ああ、そうか。
今の俺は赤ん坊なのか。
ぼやけた視界で左右を見る。
見慣れない景色の中で、俺は夫婦らしく人たちに抱きかかえられていた。
もう一人小さい子供が見える。
兄弟だろうか?
そうか。
本当に俺は生まれ変わったんだ。
しかも普通の世界じゃない。
身体の中から溢れる力を感じる。
これまでにはなかった感覚だ。
一緒にいる人たちからも、異様な気配を感じ取れる。
これが女神様の言っていた魔力なのか。
今はまだ朧気でハッキリとはわからないけど、ここが俺の知る世界でないことは明らかだった。
この世界でなら、なれるかもしれない。
「おぎゃー! おぎゃー!」
「あらあら元気ね」
今はまだ泣き叫ぶことしかできないけど。
成長して、再び剣術を磨けば、かつては届かなかった領域に、身に付けられなかっった絶技を……。
手に入れらえる。
そんな予感が全身から湧き出る。
そして――
あっという間に十年の月日が経過した。
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