キョトンとする女神様。

 彼女は目を疑い、改めて聞きなおす。


「い、いらない? 特別な力がもらえるのよ?」

「そんなのいらない。俺は剣士になれるならそれでいい。特別な力なんてあったら、それのおかげで強くなっちゃうだろ?」

「空間を支配することも、天候を支配することも、時間だって狂わせられるのよ!」

「だから、そういうのが余計なんだって」


 この女神様はわかっていない。

 圧倒的な力を最初から持っていたら意味がないんだ。

 武士も、剣士も特別じゃない。

 誰でも握れる。

 誰でも振れる。

 その上で、最強へと至る。

 誰でもできるけど、誰にも至れない頂へ達する。

 それが最高に格好いいんだ。


「ほ、本当に何もいらないの? 今からいく世界は魔術が全てよ? 何もなしなんてやっていけないわ」

「えぇ……じゃあとりあえず、剣を作れる力とかもらえない? それでいいや」

「ああ、じゃあ魔剣と聖剣を」

「そういうのはいらないって。ただの剣、しいていえばよく斬れて折れにくい剣があればそれでいい」


 特別な力も、性能もいらない。

 剣士にとって最高の武器は、どれだけ斬っても刃こぼれせず、よく斬れる刃だ。


「あ、あなたねぇ……その程度の能力なんて簡単に作れるのよ? それじゃポイントが余ってしまうじゃない!」

「ポイントってなんだよ……」


 能力ってポイント制なのか?

 よくわからないけど。

 女神様は呆れながら焦っているように見える。

 俺が言っていることがよほど異常なことなのだろう。


「じゃあ残りのポイントは、新しい世界で剣士になるために必要な要素に割り振ってくれよ」

「は? どういうこと?」

「あるだろ? 筋力とか反射速度とか。さっき言ってた魔力も。どれだけ鍛えても人間には限界があった。その限界を引き上げてほしい」


 そうすれば、俺の身体は理想について来られる。

 鍛えぬく中で薄々感じていた。

 俺に足りないのは技術ではなく、それについてこられる肉体のほうだと。


「できるの?」

「まぁできるけど……本当にいいの? 特別な力を手に入れて、異世界でハッスルできるチャンスなのよ?」

「特別なんていらない。俺がなりたいのは最強の剣士、最高の武士だ。名を遺した剣客たち……彼らは特別なんかじゃない。等しく武士だった。だから俺も――」


 それでいい。

 絶対の力なんてなくたって、剣一つで強さの高みへたどり着く。 

 どんな理不尽も強大な力も、俺の剣で断ち斬ってやろう。

 俺は決意を固める。

 すると女神様は盛大にため息をこぼして。


「はぁ……もういいわ。じゃあ転生させてあげる」

「ああ、頼むよ」


 直後、俺の身体がふわりと浮かぶ。

 淡い光の粒子が漂い、俺の身体を覆っていく。


「さぁ、あなたは生まれ変わる。新たな世界で新たな生を歩みなさい。願わくば、あなたが世界を変える一人となることを期待しているわ」


  ◇◇◇


 転生者は消えて、女神だけが残る。

 彼女は深くため息をこぼす。

 そこへ別の女神は姿を見せた。


「お疲れ様でした。先輩」

「本当に疲れたわ」

「面白い子でしたね。特別な力なんていらない! とか本心で言うなんて」

「そうね」


 二人の女神は呆れる。

 

「もったいないことしたって、後になって後悔するんじゃないですか?」

「それはどうかしら? あの子はきっとそうならない。だって最期まで自分の流儀を貫き通して死んだのよ」

「確かに、けどもったいないですよ、私からしたら」

「そうね……ただ、思うのよ」


 力を授けた女神は見上げる。

 何もない天井を、彼女には何が見えているのか。


「あーいう普通とかけ離れた馬鹿な子こそ、世界を大きく変えてしまうかもしれないわね」


  ◇◇◇


 身体に感覚が戻る。

 温かい……毛布だろうか。

 何かに包まれている。

 俺はゆっくりと目を開けた。


「おお! こっちを見てくれたぞ」 

「可愛いわね~ ほら、お母さんよ~」


 ここはどこだ?

 見慣れない男女が俺を見下ろしている。

 身体は自由に動かない。

 ああ、そうか。

 今の俺は赤ん坊なのか。

 ぼやけた視界で左右を見る。

 見慣れない景色の中で、俺は夫婦らしく人たちに抱きかかえられていた。

 もう一人小さい子供が見える。

 兄弟だろうか?

 

 そうか。

 本当に俺は生まれ変わったんだ。

 しかも普通の世界じゃない。


 身体の中から溢れる力を感じる。

 これまでにはなかった感覚だ。

 一緒にいる人たちからも、異様な気配を感じ取れる。

 これが女神様の言っていた魔力なのか。

 今はまだ朧気でハッキリとはわからないけど、ここが俺の知る世界でないことは明らかだった。

 この世界でなら、なれるかもしれない。


「おぎゃー! おぎゃー!」

「あらあら元気ね」


 今はまだ泣き叫ぶことしかできないけど。

 成長して、再び剣術を磨けば、かつては届かなかった領域に、身に付けられなかっった絶技を……。

 手に入れらえる。

 そんな予感が全身から湧き出る。


 そして――


 あっという間に十年の月日が経過した。

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