第一章 異世界の剣士

 身体が軽い。

 感覚が薄れていく。

 痛みや苦しみもなくなって、水面に揺蕩うような感覚だけがある。


 ああ……死んだのか、俺は。


「そうよ。けど終わりじゃないわ」

「――え?」


 誰かの声がした。

 妖艶に響く女性の俺は思わず目を開ける。

 

「ようやくお目覚めね。お寝坊さんは感心しないわよ?」

「……」


 ここはどこだ?

 声にもならない疑問が脳裏に響く。

 目を開いた先に見えたのは、真っ白な空間。

 何もない空虚な世界。

 どこがまで続いているのか、天地すら曖昧な純白の中に俺は立っていた。

 そして……。

 

「あんたは誰だ?」


 目の前には見知らぬ女性が一人。

 妖艶な雰囲気に綺麗なドレスを着て、黄金の髪は日本人離れしている。

 外国人……だとしても異様な気配だ。

 これまで感じたことのないような感覚に疑問符が浮かぶ。

 何もかもが新鮮で、意味不明だった。


「私はアルテナ、世界の管理者……女神よ」

「女神……?」


 つまりは神様ってことか?

 そう言われると妙に納得してしまう。


「あれ? あんまり驚かないのね? ここはもっとこう、ええ! 女神様! みたいなリアクションを予想していたんだけど。ガッカリだわ」

「そんなこと言われてもな」


 俺は左右かどうかもわからない世界を見る。

 こんな真っ白で意味不明な空間にいて、今さら女神に驚けないだろ。

 何より、俺はハッキリと覚えているんだ。


「死んだはずの俺がここにいる。それ以上の驚きはないだろ」

「へぇ、案外冷静なのね。子供とは思えないわ」

「年齢は関係ないだろ?」

「あるわよ。生きた時間が魂に蓄積され、その人物像は確立される。あなたは短い年月の中で、普通の

人間より濃い時間を過ごしたのね」

「なるほど……?」


 濃いかどうかは別として、普通じゃない一生だったのは自分でもわかる。

 現代で武士になろうと剣術を磨き、あげく訳の分からない連中と戦って銃弾に倒れるなんて……どこのファンタジーだ。

 思い返して笑ってしまう。

 思い通りにはならなかったけど、劇的な人生は送れたみたいだ。

 ただ、やっぱり……。


「心残りでしょう?」

「――!」


 俺の心を見透かすように女神は言う。

 彼女はニヤリと笑みを浮かべる。


「安心しなさい。その心残り、私が晴らしてあげるわ」

「……どういう意味だ?」

「あなたが真に輝ける世界に転生させてあげるのよ」

「転生? 生まれ変われるのか?」

「ええ、嬉しいでしょ?」


 女神は意地悪そうな笑顔で尋ねて来た。

 悔いを残して死んだ俺にとって、生まれ変わりなんてこれ以上ない幸福だ。

 この女が女神である保証はないし、ただの夢かもしれない。

 死ぬ前にみる幸福な夢なら……何を願っても構わないだろう。


「だったら幕末! 幕末に生まれ変わりたい!」

「は?」

「本物の武士がいる時代に生まれたかったんだよ!」

「……あのねぇ、それでいいの?」


 女神は呆れた表情で尋ねる。


「あなたの願いは何?」

「最強の剣士に、最高の武士になることだ」

「それだけ?」

「歴史の中だけに存在する絶技を、俺の力で再現したいな」


 俺がそう言うと、彼女はびしっと指をこちらに向ける。


「そう、それよ! あなたの願いは普通じゃ叶えられないわ! 幕末? 時代が違ったって同じことよ」

「――なんで言い切れる? 実際に過去には」

「あれは迷信、正確にはそうんな風に見えたという比喩表現に過ぎないわ」

「――っ!」


 肩の力がすっと抜けてしまう。

 どこか気づいていた真実を、彼女の口から聞いてしまったことで、俺は落胆した。

 妙な説得力を感じたのもあるが……。


「自分でも気づいていたでしょ? 人間には不可能なのよ」

「……そうだ」


 どれだけ身体を鍛えても限界がある。

 流派を全て覚えても、剣一本で何ものにも負けない最強の男にはなれない。

 事実、最期が物語っている。

 

「拳銃と相打ちになるようじゃ……雑技の再現なんて不可能だ」


 そう、無理なんだ。

 頭では理解していても、魂が否定していた。

 いつかできる。

 可能にしてみせるという空元気。

 

「それを可能にする世界があるのよ」


 無理だと諦めかけていた心に、一筋の光が差し込む。


「あなたがいた世界の人間にはなかった力……限界を超えることのできる力があれば、不可能だって可能にしてしまえるのよ」

「限界を超える力……?」

「そう、たとえば魔力、とかね?」

「魔力? 魔法とかそういう力のことか」


 漫画やアニメに出てくる特別な力。

 剣を使うキャラクターが多い作品は目を通している。

 どれもこれも現実離れした動きをしていて、まったく参考にはならなかったけど。

 確かにあんな力があれば、俺の理想は叶えられるかもしれない。


「あるのか? そんな世界が」

「ええ、あるわよ」

「生まれ変われるのか? そこに」

「ええ、あなたは人を助けた。自らの命を顧みずに善を成した。十分よ」


 善……か。

 思わず笑ってしまう。

 俺は別に、あの女の子のために戦ったわけじゃない。

 あの時も同じだ。

 俺は俺の強さを証明するために立ち上がった。

 

「棚牡丹だな」


 けど、それでチャンスを貰えるなら願ったりかなったりだ。


「決意はできたわね。じゃあ生まれ変わる前に決めましょう」

「何を?」

「あなたにあげる能力よ。あなたは私に選ばれた人間よ? 相応の力を受け取ってもらわなきゃ――」

「いらない」

「――え?」

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