グリムとヴィルが戦っているのがわかる。

 何度も相手をしていると、同じ空間にいれば戦況は読み取れる。

 二人が負けるはずがない。

 だから心配せず、俺は目の前の強者に集中できる。


「燃えろ」


 ルキフグスは右手から炎を放つ。

 俺は炎を刀で両断すると、視界の先にいたルキフグスが消える。

 気配を辿る。


「上か」


 頭上にいたルキフグスから雷撃が降る。

 回避が間に合わず、刀と魔力の鎧で受けきる。


「っ……!」

 

 気づけばルキフグスが眼前に立っていた。

 その拳は風を纏い、俺の腹部に拳をぶつける。

 瞬間、風が拡散して吹き飛ばされる。


「ぐはっ!」


 吹き飛び壁にめり込んだ俺は、すぐさま壁から飛び出す。

 再び向かい合い、大きく呼吸を整える。


「これが奪った術式……」


 術の多彩さ、運用方法。

 俺に考える隙を与えてくれない。

 わずか十数秒の戦いで理解する。


 この悪魔は、今の俺より強い。


「魔王の言った通りだな」

「……なぜ笑っている?」


 ルキフグスが問いかける。

 どうやら俺はまた無意識に笑っていたらしい。

 それに苛立ったのか。

 鋭い視線で俺を睨んでいた。


「もう理解したはずだ。俺は貴様よりも強い。貴様では俺に勝てない」

「……確かに強いな。でも生憎、勝てないとは思ってない」


 実力差は理解した。

 確かに今の俺には厳しい相手だが、届かないほどの差じゃない。

 実力が離れすぎていないなら、戦い方一つで勝機はある。


「気に入らない」

「――!」


 辺り一面を赤い結界が支配する。

 これはギガスの術式。

 しかもギガスが使用した時よりも吸収速度が速い。

 対処するより早く、俺の中の魔力が半分以上持っていかれた。

 俺は魔力を固めて吸収を防ぐ。

 と、その直後に結界を破壊し、ルキフグスは俺の右側面に移動して斬りかかってくる。


「っ……」


 咄嗟に刀で受けたが、想像より重い。

 一度きりの術式を迷わず使用し、対処されたら即座に切り替える。

 しかもさすが悪魔だ。

 ギガスよりも魔力扱いに長けている。

 攻撃のタイミングに放出の方向と量を調整して、的確に威力を増していた。

 俺は吹き飛ばされ、空中で回転して衝撃を殺して着地する。


「終わりだ」


 さっきより一段速く、ルキフグスが攻め込んでくる。

 加えて斬撃は重く、頭上で受け止めた俺の両足は地面にめり込む。

 いいや、奴が加速したんじゃない。

 魔力を奪われて、俺の身体能力が落ちている。


「っ、連戦が響いてるな」


 魔力操作を会得した今の俺は、的確に魔力を運用できる。

 消費をなるべく抑える戦い方ができるが、完全になくすことはできない。

 一度放出した魔力は体内に戻らない。

 体外で運用した魔力は、戦闘後に消費してしまう。

 ギガスとの戦いで、俺は大量の魔力を外に出してしまった。

 さらに残った魔力の半分が吸われている。

 今の俺の魔力は、学園に通う一般的な生徒と大差ない。


(こいつ……なぜ潰れない?)


 それでもギリギリ耐えているのは、女神様にもらったこの肉体のおかげだ。

 けどさすがに厳しいな。

 仕方ない。

 俺はルキフグスの斬撃をうまく往なし、距離を取る。


「逃げても無駄だ」


 それを追うルキフグス。

 俺の消耗を理解し、勝利を確信して油断している。

 その隙をつくように、俺は加速しルキフグスの背後をとる。


「何だと!?」


 下からの斬り上げ。

 ルキフグスは咄嗟にのけぞるが、腰から肩にかけて斬撃は当たる。

 俺の左手には小刀が握られていた。

 それが消滅していく。


「――そうか。魔力のストック」

「正解だ」


 俺が持つ剣製術式は、魔力を消費して剣を生み出す。

 生み出した剣は、俺が破壊しない限り消えない。

 自らの意思で剣を破壊した場合に限り、消費した魔力をすべて術者に還元する。

 魔力一日分で作った小刀は三本。

 うち一本を消費したことで、俺の魔力は全回復した。

 今なら当てられる。


 巌流――


「燕返し」


 三つの斬撃がルキフグスを捉える。

 はずだった。

 ルキフグスの身体が霧のようになって消える。

 気配はふわりと移動し、背後から斬撃が俺の背中を斬り裂く。


「ぐ……幻術か」


 あの一瞬で術式を発動させ、俺の認識をずらしたのか。

 攻撃に意識を集中させた反面、防御がおろそかになった。

 

「先生に笑われるな」


 俺もまだまだ未熟だ。

 先生なら今の攻撃も通さなかっただろう。


「認めよう」

「……?」


 ルキフグスが呟き、魔力が膨れ上がる。


「貴様は強い。俺も全力を見せてやろう」

「これは……」


 魔王から聞いていたルキフグスの術式の応用。

 ストックした無数の術式を魔力へと変換することで、一時的に自身の限界を超えた魔力量を手に入れることができる。

 膨れ上がった魔力が形となって見える。

 総量だけなら俺以上……いや、魔王にも匹敵する。


「最大の一撃を持って、貴様を殺す」

「……ふぅ」


 背中から血が流れる。

 思ったよりも深手だったらしい。

 止血に魔力を回したいが、こいつ相手にそんな余裕はない。

 奴はギガスと違って魔力操作の技術もある。

 ギガス以上に膨れ上がった魔力を全て載せて、最強の一撃を放つだろう。

 魔力、力、速度も全てあちらが上。

 ならば対抗できるのは唯一、前世から磨き続けた業のみ。


 平晴眼の構え。


 この戦いに勝つには、俺は全てを捨てなければならない。

 生すらも。

 

(死に覚悟したか……)

「いいだろう。来るがいい、人間」


 膨大な魔力が剣に注ぎ込まれていく。

 考えるまでもなく、あの一撃は俺の身体を容易に貫くだろう。

 だが俺は回避を頭から捨てた。

 ほぼ同時に動き出す。

 速度はあちらが上だが、俺は全神経を攻撃に集中させたことで対抗する。

 

(こいつより深く踏み込んで――)


 回避はない。

 振り下ろされたルキフグスの攻撃を、ギリギリ見切って刀の鍔で受ける。

 ルキフグスの攻撃でひび割れるが、破壊はされない。

 俺が持つ刀は、俺の魔力を日々注ぐことで強度を増している。

 一瞬ならば受けられると信じていた。

 そのまま摺り上げて上段から相手の胴を斬る。

 

 天然理心流の信念。

 己が死しても相手を斬る。

 相打ち覚悟の大技。


 天然理心流――


「龍尾剣」

 

 それを体現するように、俺の刃はルキフグスを斬り裂く。


「馬鹿……な……死に望んで……」

(強くなったというのか……!)

「――ふぅ」


 倒れていくルキフグスに、俺は笑顔で礼を言う。


「ありがとう。お前と戦えてよかった」


 強者との戦いこそ、己の強さを引き上げる。

 この戦いで俺は確実に、理想へと近づいただろう。


 かくして学園、魔界を巻き込んだ大事件は終幕した。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


第八章はこれにて完結となります!

次章をお楽しみに!

次が第一部最終章になります!


できれば評価も頂けると嬉しいです!!

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