戦闘開始と同時刻。

 魔王城では特殊な魔導具を使い、戦闘の様子が映像として映し出されていた。

 見ているな魔王とその側近。

 そして人類の王女、ミストリア。

 きわめて珍しい組み合わせで、リインたちの戦いを見守る。


「……」

「心配かい? お姫様」


 アガレスが王女に声をかける。

 王女は息を呑んで答える。


「リインでは部が悪い戦いなのですよね」

「ああ。ワシも厳しいとは思う」

「……どうして落ち着いていられるのですか? まさか負けてもいいと思っているのですか?」

「ワシはそこまで薄情じゃないぞ。悪魔の言葉なんざ信用できないとは思うがな」

「そんなことはありません」


 感情を識別する術式を持つ彼女にとって、種族の違いはそこまで関係ない。

 故に気付いている。

 魔王とアガレスが信じて彼らを送り出したことにも。

 勝てる可能性が低いと理解しながら、リインが勝つと信じている矛盾に、彼女は疑問を抱く。


「見ていればわかるわ」

「おう。リインは確かにまだ未熟だ。ワシが教えた魔力操作も、完全にはマスターしていない。現状の能力だけならルキフグスのほうが上手だ」

「……」

「だが、断言できる。剣術だけなら、あいつは世界最強だ」


 魔界屈指の剣士と名高いアガレスが断言する。

 数多の剣士、戦士と戦ってきた彼の言葉故に、信ぴょう性は高い。


「そしてあいつの剣は……極限でこそ真価を発揮するんだよ」

 

 アガレスは笑みを浮かべて映像を見る。

 自慢の弟子を誇るように。

 期待するように。


  ◇◇◇


 グリムとサルカダナスの戦闘は、超至近距離で繰り広げられる。

 サルカダナスは曲芸のような動きでグリムを翻弄する。

 彼女の術式は多彩だ。

 瞬間移動、透明化、物質精製。

 一瞬にして視界から消え、気配もなくなり、グリムの背後から無数のナイフを投擲する。

 グリムはナイフに反応し、回し蹴りによる風圧でナイフを弾く。


「いいっすね! 運が」

「オレじゃなかったら死んでるぜ」


 予備動作なしの瞬間移動に、視覚以外も惑わす透明化。

 加えて武器や道具を瞬時に生み出せる術式。

 並の術師であれば、サルカダナスの前に何もすることはできずに敗北する。

 彼女の戦いは、まるで自由気ままに遊んでいるよう。

 まさに変幻自在、自由奔放。

 しかしその戦い方は――


「オレの専売特許だぜ」


 グリムは超高速で壁や天井を使って跳び回る。

 サルカダナスの瞬間移動にも反応する反射速度に、ナイフすら通さない肉体を想像している。

 さらに透明化も。


「なんで気づけるんすか!」

「オレだからだな!」


 イメージの力で五感すら強化している。

 サルカダナスの術式は、視覚においては完璧に透過する。

 が、その他の感覚は完全には消せない。

 耳を澄ませば音がして、鼻をたてれば匂いを感じ、触れる感覚までは消えない。


「残念だったな! お前はオレの想像は超えられねー!」


 彼女のイメージは、百を超えるリインとの戦闘経験から強化されている。

 サルカダナスはリインより弱わかった。

 今の彼女には、サルカダナスに負ける想像など浮かばない。


「修行して出直しやがれ!」


 グリムの拳が移動直後のサルカダナスの顔面を捉える。

 顔がめり込むほどの一撃に、サルカダナスは倒れる。

 術式に頼る戦い方など、グリムには通じなかった。


  ◇◇◇


 ルキフグスの部下、ネビロス。

 かの悪魔の異名は死霊使い。

 死した者の魂を使役する術式を持つ。

 魔界は長い歴史の中で多くの血が流れ、今も尚どこかで争いは続いている。

 この地でもかつて大きな戦いが起こり、多くの命が失われた。

 故に、残っている。 

 大量の死した魂が。


「私には地の利がある。悪いが君に勝ち目はない」


 ネビロスの背後に死霊から生成された青い炎の玉が無数に浮かぶ。

 青い炎は冷気を放つ。

 触れれば瞬時に凍結し、あらゆる生命活動を停止させる。

 ネビロスの発言は正しい。

 この場での戦いは、ネビロスに利がある。


 が、彼女には関係ない。


「――馬鹿な、その炎は……」

「ご、ごめんなさい。真似させてもらいました」


 彼女にとっては全ての場所が利に働く。

 視界に見えるものを理解し、己の想像力の種火とする。

 ネビロスの炎をも再現してみせた。

 さらに、彼女の想像力もグリム動揺、リインのと戦いで強化されている。

 ネビロスの炎とヴィルの炎は、同じではない。


 炎がぶつかり合う。

 冷気は掻き消え、ネビロスが燃え上がる。


「ば、馬鹿な! 燃える……だと!」

「ほ、炎は燃えるものですから。そっちのほうが想像しやすくて、ごめんなさい」


 ヴィルの炎は冷気すら燃やす業火。

 同じではなかった。

 彼女の炎の想像が、現実の力を上回る。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


明日の更新は夜のみです。

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