参
魔王は語る。
『共心』の術式効果は他者だけではなく、自信にも影響する。
己の深淵を覗くことができると王女様は言っていた。
「その力を使えば、自分の潜在能力を遺憾なく発揮することができる。本来その術式はそうやって自己強化に使うものなのよ」
「詳しいんだな。彼女の術式なのに」
「大昔にそれと同じ術式を見たことがあるのよ。より深く自分を見つめることで、己がもつ全ての力を引っ張り出す。本来は長い修練によって引き出す力を、すぐに手に入れられる」
「術式を奪う……ってことは、ギガスを回収したのも」
あいつの術式を食らって奪うためか。
利用するだけ利用して、いらなくなったら再利用できる。
なんとも便利な術式だな。
「ルキフグスの強みは無数に奪った術式をストックできることよ。ただし奪った術式は一度使うと消滅してしまう。だから最近まで同族を食らって手数を増やしていたみたいだけど」
「足りねーと悟ったか。そこの姫様の力に目を付けて奪いに行った。だがその目論見は、お前のおかげで阻止できたみたいだな」
先生も魔王の力を通して、俺の戦闘を見ていたようだ。
「悪くない戦いだったぞ。よく買ったな」
「当然だよ。あんな奴に負けるわけない」
「ははっ、頼もしくなったなぁ! まぁそういうわけでお前らは十分に働いた。こっからはワシらの仕事だ。そうだろ? 魔王」
「ええ、そうね。面倒だけど」
魔王アスタロトは重い腰を持ち上げる。
俺は目を丸くする。
驚いているのは俺だけではなくて、グリムとヴィルもだった。
まさか動くのか?
世界最強の存在、魔王自身が?
「いい加減鬱陶しいわ」
「――待った!」
だがそこに、俺は無粋にも待ったをかけた。
「あんたが動くってことは、ルキフグスはそれなりの強さってことか?」
「ええ、力をつけているわね」
「例えば、俺とルキフグスならどっちが強い?」
「そうね。七対三、くらいかしら」
「どっちだ?」
「三があなたよ、リイン」
俺は無意識に笑みを浮かべる。
面白い。
だったら尚更、ここは譲れない。
「ルキフグスの相手も俺がする!」
「はっ、そうこなくっちゃな! お前ならそう言うと思ったぜ! 魔王様! オレも一緒に行くぜ!」
「わ、私も行きます!」
グリムとヴィルが名乗りを上げた。
俺もなんとなく、二人がそういう気がしていたから少し嬉しい。
「そう? 行ってくれるならあたしは楽だし、構わないわよ」
「よし」
俺は先生に視線を向ける。
「いいよな? 先生」
「いいんじゃないか。グリムたちも一緒ならまぁ平気だろ。やばくなったら逃げてもいいぞ?」
「逃げるわけない! 逃げ傷なんて恥は残さない。死ぬ時は真正面から戦って死ぬさ」
それが武士だ。
一度戦うと決めたのなら逃げる選択肢はない。
たとえ格上の相手であろうと。
◇◇◇
魔界の僻地に構える小さな城。
かつて名を馳せた悪魔が住まい、若き悪魔に全てを奪われた残骸。
ルキフグスはさび付いた玉座にいる。
その眼前には無数の死体が転がり、それをむさぼり食らう。
「相変わらず汚いっすね~ ボスの食べっぷり」
「否定的なことを言うな、サルカダナス。これも必要なことだ」
「べっつにいいでしょ~ お堅いなーネビロスは」
「――お前たち、気を引き締めろ」
食事を終えたルキフグスが顔を上げる。
その視線の先には、三つの人影がゆっくりと歩み寄っていた。
「ああー! 来客みたいっすねー」
「やはり嗅ぎつけてきたか」
「……心外だな。魔王本人が来ると予測していたんだが……」
彼らの前に立つ三人。
二人はうり二つの容姿、夢魔のグリムとヴィル。
その二人に挟まれ前を歩くのは、人間の少年だった。
ルキフグスは苛立ちを見せる。
囚人たちを回収して食らったのは、作戦が失敗した際の保険だった。
彼らは魔王の千里眼を知っている。
これまで踊らされていたのは、魔王の気まぐれであることも。
そして此度の作戦の成否によっては、しびれを切らした魔王と対峙することになるだろうと予測し、保険をかけていた。
が、やってきたのは子供。
しかも一人は人間である。
侮られていることへの苛立ちがあふれ出る。
その殺気は全て、場違いにもここに立っている人間に向けられた。
「悪かったな、魔王じゃなくて」
しかし彼は動じない。
不敵な笑みを浮かべて、ルキフグスと視線を合わせる。
「魔王は面倒くさがりなんだ。俺たちで我慢してくれ」
「ちょうど三人、数もぴったりだな」
「が、頑張ります。リイン、お姉ちゃんも気を付けて」
三対三。
打ち合わせもなく、彼らは同時に動き出す。
「あっは! ボクの相手は君だね? 元気な夢魔さん!」
「はしゃいでんじゃねーよ。遊び人」
グリムとサルカダナスがぶつかり合う。
その背後では、ヴィルとネビロスが向かい合っていた。
「魔王の配下にいる夢魔の姉妹か。お前たちの噂は聞いている。全力でお相手しよう」
「お、お手柔らかに」
そして――
刃と刃が火花を散らす。
「あいつじゃ物足りなかったんだ。思いっきり発散させてもらうぞ」
「人間風情が図に乗るな」
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