魔王は語る。

 『共心』の術式効果は他者だけではなく、自信にも影響する。

 己の深淵を覗くことができると王女様は言っていた。


「その力を使えば、自分の潜在能力を遺憾なく発揮することができる。本来その術式はそうやって自己強化に使うものなのよ」

「詳しいんだな。彼女の術式なのに」

「大昔にそれと同じ術式を見たことがあるのよ。より深く自分を見つめることで、己がもつ全ての力を引っ張り出す。本来は長い修練によって引き出す力を、すぐに手に入れられる」

「術式を奪う……ってことは、ギガスを回収したのも」


 あいつの術式を食らって奪うためか。

 利用するだけ利用して、いらなくなったら再利用できる。

 なんとも便利な術式だな。


「ルキフグスの強みは無数に奪った術式をストックできることよ。ただし奪った術式は一度使うと消滅してしまう。だから最近まで同族を食らって手数を増やしていたみたいだけど」

「足りねーと悟ったか。そこの姫様の力に目を付けて奪いに行った。だがその目論見は、お前のおかげで阻止できたみたいだな」


 先生も魔王の力を通して、俺の戦闘を見ていたようだ。


「悪くない戦いだったぞ。よく買ったな」

「当然だよ。あんな奴に負けるわけない」

「ははっ、頼もしくなったなぁ! まぁそういうわけでお前らは十分に働いた。こっからはワシらの仕事だ。そうだろ? 魔王」

「ええ、そうね。面倒だけど」


 魔王アスタロトは重い腰を持ち上げる。

 俺は目を丸くする。

 驚いているのは俺だけではなくて、グリムとヴィルもだった。

 まさか動くのか?

 世界最強の存在、魔王自身が?

 

「いい加減鬱陶しいわ」

「――待った!」


 だがそこに、俺は無粋にも待ったをかけた。


「あんたが動くってことは、ルキフグスはそれなりの強さってことか?」

「ええ、力をつけているわね」

「例えば、俺とルキフグスならどっちが強い?」

「そうね。七対三、くらいかしら」

「どっちだ?」

「三があなたよ、リイン」


 俺は無意識に笑みを浮かべる。

 面白い。

 だったら尚更、ここは譲れない。


「ルキフグスの相手も俺がする!」

「はっ、そうこなくっちゃな! お前ならそう言うと思ったぜ! 魔王様! オレも一緒に行くぜ!」

「わ、私も行きます!」


 グリムとヴィルが名乗りを上げた。

 俺もなんとなく、二人がそういう気がしていたから少し嬉しい。


「そう? 行ってくれるならあたしは楽だし、構わないわよ」

「よし」


 俺は先生に視線を向ける。


「いいよな? 先生」

「いいんじゃないか。グリムたちも一緒ならまぁ平気だろ。やばくなったら逃げてもいいぞ?」

「逃げるわけない! 逃げ傷なんて恥は残さない。死ぬ時は真正面から戦って死ぬさ」


 それが武士だ。

 一度戦うと決めたのなら逃げる選択肢はない。

 たとえ格上の相手であろうと。


  ◇◇◇


 魔界の僻地に構える小さな城。

 かつて名を馳せた悪魔が住まい、若き悪魔に全てを奪われた残骸。

 ルキフグスはさび付いた玉座にいる。

 その眼前には無数の死体が転がり、それをむさぼり食らう。


「相変わらず汚いっすね~ ボスの食べっぷり」

「否定的なことを言うな、サルカダナス。これも必要なことだ」

「べっつにいいでしょ~ お堅いなーネビロスは」

「――お前たち、気を引き締めろ」


 食事を終えたルキフグスが顔を上げる。

 その視線の先には、三つの人影がゆっくりと歩み寄っていた。


「ああー! 来客みたいっすねー」

「やはり嗅ぎつけてきたか」

「……心外だな。魔王本人が来ると予測していたんだが……」


 彼らの前に立つ三人。

 二人はうり二つの容姿、夢魔のグリムとヴィル。

 その二人に挟まれ前を歩くのは、人間の少年だった。

 ルキフグスは苛立ちを見せる。

 囚人たちを回収して食らったのは、作戦が失敗した際の保険だった。

 彼らは魔王の千里眼を知っている。

 これまで踊らされていたのは、魔王の気まぐれであることも。

 そして此度の作戦の成否によっては、しびれを切らした魔王と対峙することになるだろうと予測し、保険をかけていた。

 が、やってきたのは子供。

 しかも一人は人間である。

 侮られていることへの苛立ちがあふれ出る。

 その殺気は全て、場違いにもここに立っている人間に向けられた。


「悪かったな、魔王じゃなくて」


 しかし彼は動じない。

 不敵な笑みを浮かべて、ルキフグスと視線を合わせる。


「魔王は面倒くさがりなんだ。俺たちで我慢してくれ」

「ちょうど三人、数もぴったりだな」

「が、頑張ります。リイン、お姉ちゃんも気を付けて」


 三対三。

 打ち合わせもなく、彼らは同時に動き出す。


「あっは! ボクの相手は君だね? 元気な夢魔さん!」

「はしゃいでんじゃねーよ。遊び人」


 グリムとサルカダナスがぶつかり合う。

 その背後では、ヴィルとネビロスが向かい合っていた。


「魔王の配下にいる夢魔の姉妹か。お前たちの噂は聞いている。全力でお相手しよう」

「お、お手柔らかに」


 そして――


 刃と刃が火花を散らす。


「あいつじゃ物足りなかったんだ。思いっきり発散させてもらうぞ」

「人間風情が図に乗るな」

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