俺は一瞬にして顔を上げる。

 目と目が再び合う。

 彼女は笑みを浮かべていた。

 さっきまでの優しい笑顔とはうって代わり、俺のことをあざ笑うような強い目をしている。

 雰囲気までもが変わる。


「……なんの話でしょう?」

「惚けるの? そんな堂々と二人もつれて」

「……」


 気づいているのか。

 俺の両耳についたイヤリングの正体に。

 冷たい風が吹き抜ける。


「……あんた、何者だ?」

「ミストリア・イブロンよ? 自己紹介は済ませたはずだわ。あなたの自己紹介はいらないわよ? リイン・ウェルト……魔王アスタロトの右腕、剣王アガレスのお弟子さん」

「そこまで……」


 知られているなら、もう隠すことはできないな。

 俺は小さくため息をこぼす。

 先生や魔王のことを知っているなら、一緒にいる彼女たちのことも把握しているだろう。

 グリムたちは王女様を警戒している。


「こいつらのことも?」

「ええ、右がグリムさん、左がヴィルさんね」

「――オレらのことも知ってんのかよ」


 黙っていたグリムが声を出す。

 気づかれているならイヤリングのフリを続ける意味はない。

 ただし変身は解けない。

 この学園には特殊な結界が張られている。

 外敵が侵入すると術者に警告するタイプの結界だ。

 イヤリングの状態で魔導具に偽装しているから結界を突破できているが、姿を晒せば反応する。

 二人とも理解しているから、イヤリングのままだ。

 

「学園の結界を欺くなんて、さすが悪魔ね」

「……そういうあんたはどうして気づいたんだよ」

「私にはわかるわ。この眼があるから」


 そう言いながら自身の青い瞳を指さす。

 俺の脳裏には噂が過る。

 ミストリア王女は他人の心を見透かすことができる。


「ただの噂じゃなかったってことか」


 入学そうそう、面倒な女に見つかってしまったらしい。

 俺はすっと肩を落とす。

 すると王女様は俺に言う。


「あなた今、面倒臭いって思ったわね」

「……やっぱり他人の心が見えるのか?」

「少し違うわ。私には相手の感情が色で見えるの」

「感情が色で?」


 王女様は小さく頷く。

 喜怒哀楽。

 感情には様々な種類が存在する。

 彼女の瞳はそれを色で識別することができるらしい。

 たとえば怒りの感情は赤。

 悲しみは青。

 興奮は黄色というように。


「一つの感情だけが見えるわけじゃないの。いろんな感情が合わさっているのが人間よ。それと感情とは別にオーラも見えるわ」

「オーラ?」

「その人が秘める力。魔力とは違った輝きが見えるの。オーラは人によって違うけど、人間には人間の特徴がある。それ以外にもね」

「なるほど」


 その眼の力で、俺と一緒にいる二人の存在に気付いたのか。

 しかしまだ不明な点がある。

 今語られた二つの能力だけじゃ、俺たちの素性まではわからないはずだ。

 ましてやこの場にいない魔王や先生のことは。

 俺が疑問を浮かべていると、彼女は進んで口を開く。


「手よ」


 そう言って彼女は右手を前に出した。

 握手を求めるように。


「――! 対象に触れることでより深い情報を読み取れるのか」

「正解よ。これが私の術式、『共心』」


 握手で俺に触れたことで、俺が持っている記憶や情報を読み取ったのか。

 だから魔王や先生のことも把握していた。

 気になるのは、どこまで知られているのかという点だ。


「心配しなくてもいいわ。触れてわかるのは断片的な記憶ばかりよ。あなたのプライベートの隅々まで把握したわけじゃないわ」

「そうか」

「もっと触れ合っていれば見えるわよ?」


 そう言って悪戯に俺の手に触れようとする。

 俺は咄嗟に手を引く。


「遠慮しとく」

「あら残念」


 無邪気に笑う王女様は、第一印象からどんどん離れていく。

 お淑やかで礼儀正しく、高貴な女性だと思った。

 ただ実際は……。


「猫を被っていたわけか」

「王女らしい振る舞いをしていただけよ。他人の目があるところでは気を付けているわ」

「今はいいのか? 他人がいるぞ」

「ふふっ、あなたは特別よ。お互いに秘密を共有した仲だもの」


 何が共有だ。

 一方的に俺の情報を盗み見ておいて。

 意地悪な女だな。


「意地悪って思った?」

「心が読めないんじゃなかったのか?」

「感情の色を見れば大体わかるわ」

「そうかよ。で、秘密をバラされたくなければ、あんたの命令に従えってことか?」


 俺は彼女を軽く睨みつける。

 脅しには屈しないという意思を見せるように。

 

「命令じゃなくてお願いよ。断りたいなら断ればいいわ」

「断ったら秘密をバラすんだろ?」

「そうね。敵かもしれない悪魔が王都に侵入している……王族として見過ごせないわ」

「脅しじゃないか。けど、甘いんじゃないのか?」


 俺は腰の刀に触れる。

 抜きはしない。

 ただ、視線と動作で示す。

 この場でお前を殺すことだって容易だということを。 

 脅しには脅しで返す。

 彼女が秘密を握るなら、俺は彼女の命を握ろう。

 しかし、彼女は動じずに。


「あなたはそんなことしないわ」


 そう言って穏やかに笑う。

 強がりに見えない。

 彼女の表情からは、微塵の恐怖も感じられない。


「私はあなたの本質を見ている。あなたは私の敵じゃない。私もあなたの敵じゃない。だから、あなたは私を殺さない」

「……俺はそうでも、俺と一緒にいる連中は違うだろ? あんたは王族で、俺は悪魔と……魔王と一緒にいるんだ」

「王族だから知っているのよ。今の魔王に争う意思がないことは」

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