弐
「――ったく! 何考えてんだよこいつは!」
魔王城、王座の間でグリムの怒りが爆発する。
魔王と先生、ヴィルが一緒なのはもちろんだが、なぜか当たり前のように王城様もいる。
ぎゅっと俺の腕に抱き着いた状態で……。
「勝手にリインと婚約とかしてんじゃねーよ!」
「あら? いけなかったかしら?」
「あったりめーだろうが! リインはオレたち――の……」
「あなたの?」
顔を真っ赤にするグリムを見ながら、先生はニヤニヤ笑っていた。
王女様も意地悪な笑みを浮かべて問いただす。
グリムはさらに顔を真っ赤にしてしまう。
「う、うるさいな! とにかく婚約なんか解消だ! 解消!」
「残念だけど決定事項よ。ちゃんとリインのご両親にも話は通しておいたわ」
「いつの間に……」
俺が知らぬ間に、辺境の両親に婚約の話を持ち掛けていたらしい。
辺境の貴族の出身が、王族の姫と婚約できる。
普通に考えて夢のような提案だ。
もちろん両親は涙を流して喜んだらしい。
何を勝手なことをという気持ちはあるが、この世界での立場や常識的も普通の判断だから文句も言えない。
ただただ、面倒くさくてため息が出る。
「はぁ……」
「あら? お疲れみたいね。ベッドで休みましょうか? 一緒に」
「こ、こら! どこ連れてく気だよ! ていうかリインも抵抗しろよ!」
「抵抗しても無駄だってわかっているのよね?」
王女様は腕に抱き着きながら微笑む。
なんとも可愛らしい笑顔だが、俺には悪魔の笑みに見える。
勝手に両親の許諾もとって、大勢の目があるところで口にし、噂と一緒に周知させた。
あんな事件があった後じゃ、誰も疑問にすら思わない。
妥当な結果だと納得している様子だった。
「これで俺が否定したら大問題になりそうだからな。飽きられるまで我慢するしかないだろ」
「なんだよその弱腰は! そんなんで立派なブシーになれるのかよ!」
「武士も主君の命令には逆らえないんだよ」
「大丈夫よグリム。あなたはリインのペットなのでしょう? だったらあなたのことも、将来的には家族に迎え入れてあげるわ」
「嬉しくねーんだよ! あとペットじゃねーから!」
怒りっぱなしのグリムは王女様にからかわれ遊ばれている。
腕っぷしならグリムの圧勝だろうけど、言葉では王女様には勝てそうにないな。
ずっと先生はニヤついているし、魔王も面白がって眺めている。
ここに俺の味方はいないのか?
「あの……リイン」
「ん? どうした? ヴィル」
「リインは、いいんですか? 王女様と結婚するの」
「うーん……正直あまり実感わかないんだよな。前世でもそういう浮いた話はなかったし、俺が結婚なんて……まぁ自由に生きられなくなるのは困るかな」
俺は最強の剣士、最高の武士になるために生きる。
そのために技を磨き、強さを求める。
この生き方を気に入っているから、手放すのは惜しい。
「その点は大丈夫よ? むしろ、私との婚約はあなたにとって利点のほうが多いわ」
「どこがだよ。うちのリインは権力なんて興味ないからな!」
「お姉ちゃんが言うんだね」
ヴィルが呆れる。
しかも自信満々な顔で断言した。
実際その通りだから否定はしないけど。
俺は貴族の地位にも、王族の地位にも興味はない。
「権力は大事よ? 知っているでしょう? 学園には十傑という制度があるの」
「ああ、知ってるよ。俺の兄さんが四席なんだろ」
そういえば兄さんとも会っていないな。
学園の外で暴れている囚人たちの処理に駆り出されていたみたいだけど。
便りもないし、無事だとは思うが。
学生なのに王都の外まで出たりして大変そうだ。
講義は受けなくていいのか?
「十傑には様々な特権が与えられているの。その一つが講義の免除。十傑のメンバーは学園の講義を受けなくても進級、卒業できるわ」
「自由だな」
「そう、自由よ。十傑の中には学園にほとんど顔を見せない人もいるくらい。そして十傑には一人だけ補佐をつけることが認められている。その補佐にも十傑と同等の待遇が約束されるわ」
ふと思い出す。
そういえば兄さんにも一人、付き人みたいな人がいたな。
たぶんあの人が兄さんの補佐役なのだろう。
「つまり十傑かその補佐になれば、講義も受けずに自由に活動しても許されるわけか」
「ええ。今回みたいに王国からの依頼がある場合は別だけど、それ以外は何をしていても咎められないわ」
「へぇ、じゃあその十傑に王女様のコネで入れてもらえるのか?」
「残念ながら今は満席よ。ただ、補佐役なら一人空いている。学生会十傑、第十席……私の補佐役にあなたを指名しておいたわ」
彼女は左手で自分の胸に触れながらそう言った。
少しだけ驚いて目を丸くする。
がだ早々になっとくした。
十傑に選ばれるのは強さだけじゃなくて、功績も関係している。
彼女は王族だ。
学園内は平等とはいっても、その影響力は大きい。
そんな彼女が十席入りしていても、なんら不思議じゃない。
「あなたは私の婚約者で、ナイト様で、補佐役になったの。これであなたも自由よ」
「それって婚約者はいらないんじゃないのか?」
「必要よ? 婚約者を断るなら補佐の話もなし。ナイトとしてこき使ってあげるわよ」
つまり学園での自由はなくなる……と。
案に脅しているな、この女は。
「いい性格してるな」
「ふふっ、これでも私は傲慢なの。ほしいものは何としても手に入れたい」
「……はぁ、そういうことなら一先ず納得しておく」
「おいリイン! 負けんなよ!」
「グリムもよろしくね? 彼は私のナイト様で、私の補佐なの。つまり彼のペットであるグリムは、私のペットになったも同然なのよ」
「なってねーし!」
ガミガミがやがやと、グリムが騒ぐ。
オドオドするヴィル。
先生はずっとニヤついている。
「面白いことになったな、リイン」
「他人事だと思って楽しそうですね、先生は」
「リインが王女と結婚したらあなたが人間界のトップになるわね。それはあたしにも好都合だわ。あたしは応援するわよ」
「それ見方によっては侵略だろ……」
俺は小さくため息をこぼす。
まったく面倒なことになったな。
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