伍
「……どういうことだ? なんで俺の身体が……てめぇの術式か」
「術式? 生憎だけど、俺の術式はこれ一つ」
俺は握っている刀を持ち上げる。
「魔力を消費して剣を生み出す。魔剣や聖剣は作れない。ただの剣だけを作る術式だ」
「ふざけてんのか? ただの剣の刃が、今の俺に通るわけ」
「通るんだよ。お前は無敵じゃない」
「――!」
それを証明するように接近し、ギガスに斬りかかる。
奴も警戒して大きな隙は見せないが、グレートアックスより刀を振るほうが素早い。
腕、足、脇腹の順で軽く切り傷を残す。
「っ、なんで斬れる!」
「俺の魔力特性は斬撃だ。お前が放出する魔力ごと削っているんだよ」
「特性だと? そんなことでこの魔力を超えられるわけ」
「量は認める。けど全然ダメだ。お前は魔力の扱い方をまるで理解していない」
まさに宝の持ち腐れ。
せっかく手に入れた魔力が泣いている。
でも、あまり責められないな。
俺も昔は放出するしか魔力の使い方を知らなかった。
先生に出会わなければ、今の俺はいなかった。
そしてグリムたちとの戦闘によって、魔力操作はさらに磨かれている。
「俺は師に、出会いに恵まれた」
「何を笑ってやがる。余裕のつもりか? 忘れてんじゃねーだろうな! この結界内では魔力は使うほどに吸い取られるんだぜ! 俺に魔力切れはない! だがお前はどうだ? 俺の魔力を突破するため相当な無理を――!」
(こいつ……身体からほとんど魔力が漏れ出ていない。いや、まさかゼロ……)
「気づいたか?」
俺が先生から教わった魔力の使い方は、魔力を留めて循環させる。
高い魔力操作の技術がなければ不可能な芸当だ。
その技術をもってすれば、奴の術式効果を無効化できる。
「お前の術式は魔力を吸い出すものだ。魔力の流れを支配しているわけじゃない。だったらこっちも魔力操作で抵抗すればいい。吸収されないようにな!」
「っ、そんなことが!」
徐々に俺の剣技に圧倒され、ギガスは攻撃の手数を減らす。
魔力操作の技術に限った話じゃない。
戦闘経験もこちらが上だ。
どれだけ殺してきたか知らないが、自分と同等かそれ以上の相手と戦う経験こそ、実力の底上げにつながる。
先生と出会ってからずっと、俺の剣技は磨かれている。
「だがな!」
「――!」
ここにきて豪快な攻撃を放つ。
防御の意識を攻撃に回したのか。
奴の術式なら致命傷でさえ治癒してしまう。
賢明な判断だ。
「この結界じゃ俺は無敵なんだよ! いくらお前が強くてもなぁ!」
「それはもう終わったよ」
「は?」
「――よく見てみろ。世界の色が変わるぞ」
紅蓮の結界が、紫色の染まる。
まるで世界が一瞬で夜空に覆われてしまったように。
「な、なんだこれは……俺は何も……」
「お前の術式の核となるのは結界のほうだ。結界の壁が吸収した魔力をお前に還元している。戦いの中でわかった。お前自身に魔力を吸収する力はない。なら、結界を覆ってしまえば効果は止まる」
「何を……言ってやがる? なんだこれは!」
「魔力だよ」
ギガスは戦慄する。
奴の結界を覆っているのは紛れもなく、俺自身の魔力だった。
戦いながら足元から魔力を流し、結界の縁に合わせて覆うように流して固める。
吸収されないように循環させながら。
初めてここまで距離を広げて魔力を操ったけど。意外とできてしまって自分でも驚いている。
「こんな……ありえねぇ……魔力をまるで――」
「身体の一部のように操れ。先生がよく俺に言っていた言葉だ」
「――!」
「俺はその言葉を体現できるように修行した。最終的には魔力で日常生活が送れるようになるまでな」
先生と出会い、魔力操作を教わり出してからほぼ毎日だ。
一日も欠かすことなく魔力を扱う修行をした。
先生に比べたらまだまだ未熟ではあるけれど、手足を動かさずに魔力だけで歩いたり、物を持ち運びすることだって可能だ。
「お前は強力な術式に溺れて研鑽を怠った。お前が魔力操作を身に着けていれば、世界だって敵に回せたかもしれないが……残念だな」
俺にとっても。
これだけ強力な術式を持っているなら、もっと善戦してほしかったというのが本音だ。
戦い方は面白い。
魔力量も今の俺よりはるかに多い。
だけど結局……。
「お前じゃ、俺の修業相手も務まらないな」
グリムやヴィル、先生たちのほうがずっと強かった。
期待外れだ。
「な、なめんじゃねえ! まだ勝負は――」
「終わらせようか」
俺は左足を一歩引き、切っ先を相手の左目に向けて構える。
平晴眼。
天然理心流にある独特な構えから放たれるそれは、防御不可能の絶技。
昔、先生に見せた時は未完成で、簡単に受け止められてしまったけど。
今なら再現できる。
幕末の世を震撼させた天才剣士。
最強と謳われながら病に倒れ、最後は戦場ではなく床の上で昇天した。
かの剣豪が生きていれば、後の世は変わっただろう。
突き技は本来、一度躱されたら後がない捨て身の技だ。
その常識を覆した男こそ、この技の使い手。
新選組一番隊組長、沖田総司。
放たれるは神速の――
「無明剣」
三連刺突。
この御業は連続でありながら、ほぼ同時に三度の突きを放つ。
回避も防御も不可能。
気づいた時には、俺の刃は喉元を貫き終わっている。
「が……」
ギガスが血を吐きだしゆっくり倒れていく。
無敵の再生能力も、膨大な魔力がなければ効果を発揮しない。
結界を閉ざされた今の彼に、致命傷を治癒する力はなかったようだ。
「大人しく檻の中にいるべきだったな」
そうすればこの先も、生きていられたのに。
自分こそが最強だという幻想に浸っていることもできただろう。
俺は刀を鞘に納める。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【あとがき】
第七章はこれにて完結となります!
次章をお楽しみに!
できれば評価も頂けると嬉しいです!!
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