異世界ブシロード ~チートはいらないから剣をくれ!~
日之影ソラ
序章
壱
【巌流】佐々木小次郎。
【二天一流の流祖】宮本武蔵。
【幕末の暴君】芹沢鴨。
【神速の天才剣士】沖田総司。
【四大人斬り】岡田以蔵、田中新兵衛、河上彦斎、中村半次郎。
戦乱の時代を生きた武士たちは、数々の偉業を成し遂げて現代にまでその名を轟かせている。
彼ら自身が望んだことではないだろう。
けれど、彼らの名と逸話は、今も尚色あせることなく男の心をくすぶる。
中でも実現不可能とされる技に俺は憧れた。
飛ぶ燕を斬り落としたという『燕返し』。
天然理心流の奥義、神速三段突き『無明剣』。
語り継がれた技の極意、その姿は現代の剣士では実現不可能。
否、おとぎ話の中にある伝説でしかない。
誰も真面目に会得しようなんて考えもしないだろう。
それでも俺は、憧れた。
彼らの剣技に、生き様に。
通常ではありえない極致へと至る執念に。
俺も……彼らのような武士になりたい。
そう願って修行を積んだ人間は、現代に何人いるのだろうか。
少なくとも俺は、自分以上に打ち込んだ人間を知らない。
俺よりも強い人間も。
「失礼します!」
俺はいつものように道場の門をくぐった。
定義正しく大きな声であいさつをする。
道場に入るなら基本だ。
稽古中の皆がおかしな者を見る目で俺のことを見ている。
まったく酷い人たちだ。
こっちが挨拶をしているのに一人も返そうとしない。
これじゃ道場の質が疑われるぞ。
まぁ、もっとも……。
「誰だ? 君は?」
部外者がいきなり道場に現れたら、誰だってキョトンとしてしまうだろう。
一人の男性が俺のほうへ歩み寄る。
「ああ、もしかして入門希望者かな? だったら歓迎――」
友好的な彼とは対照的に、俺は抱えていた長袋から木刀を取り出し、切っ先を男性に向ける。
驚く皆の前で、俺は笑みを浮かべて宣言する。
「神道無念流、武智道場であっているよな?」
「……なんのつもりかな?」
「道場破りだ! 自信ある奴からかかってこい!」
俺は木刀を道場の床にたたきつける。
挑発するように、豪快な笑みを見せながら言い放つ。
「さぁ、ここに本物の武士はいるかな?」
時間にして一時間程度だろうか。
荒々しく動き、怒号のごとき声が聞こえていた道場が、今ではシーンと静かだ。
一人二人じゃない。
何十という門下生たちが道場の床を舐めている。
戦わずに観戦していた者たちは息を呑み、木刀片手に真ん中で立つ俺を見つめていた。
「はぁ、この程度か」
俺はがっかりして大きなため息をこぼす。
「う、嘘だろ……先生たちがこうも簡単に……」
「高校生くらいだろ?」
「なんなんだあいつ……」
道場内がざわつく。
俺に興味を持ち始めたみたいだけど、俺は彼らから興味を失っていた。
県内でも屈指の強者が集まる道場と聞いて期待していたけど、蓋を開けてみれば大したことはない。
道場の雰囲気も、仲良しこよしで楽しく頑張ろう、という感じが見える。
別に悪いことじゃないけれど、俺が求める強さはここにはない。
俺は木刀をしまう。
「ま、まて……」
倒れていた男が身体をおこす。
名前は忘れたけど、ここの道場の師範代の誰かだ。
敵意はあるけど、もう剣を振るう力は残っていなさそうだ。
彼には確か、左の抜き胴を食らわせた。
「安静にしていたほうがいいですよ。あばら、たぶん折れてると思いますから」
「思い出した……近頃、木刀一本で道場に殴り込んでくるおかしな青年がいるという……君のことだったのか」
「ああ、そんな噂が立ってるんですね。別にいいですけど」
「どうしてこんなことをするんだ? 君のその実力なら、どこの道場も歓迎するだろう。大会に出れば間違いなく上位……いや、優勝だって夢じゃない」
どうやら恨み言ではなく、俺の実力を素直に賞賛してくれているらしい。
たまにこういう人がいるんだ。
実力はまだまだだけど、精神は立派に武士に近づいている人が。
自分を負かした相手を素直に褒める。
簡単だけど、誰にもできることじゃない。
恨み言なら無視して立ち去るところだが、ちゃんと俺を見てくれている相手には最低限の礼儀を示そう。
「興味ありませんよ、そんなの」
「じゃあ……どうして道場破りをする? こんなことをしても無意味じゃないか」
「無意味……? 意味ならありますよ」
俺は木刀が入った長袋を肩にかけ、俺を見上げる男に視線を向ける。
「俺が目指しているのは本物の武士、最強の剣士ですから」
そう言い残し、俺は道場を後にする。
今の一言で、いったいどこまで伝わっただろうか。
俺は栄誉なんていらない。
栄光もいらない。
誰かに認めてもらいたいわけでもない。
俺はただ、憧れた。
歴史に名を遺した剣豪たちに、己が信念を貫き通して死した武士たちに。
彼らのように強くなりたい。
剣一本で藩を、国を動かそうとした大バカ者たちの背中に近づきたいと思った。
だから俺は強さを求める。
誰かに教わるのではなく、実戦の中で鍛え上げながら。
「さぁて、次はどこに行こうかな」
国中に存在するあらゆる道場、流派を制覇する。
全ての流派を身に着け極めることで、誰も到達できなかった剣士の頂を目指す。
それこそが俺の、人生をかけて叶えたい夢だ。
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【あとがき】
ついさっきから新作を投稿開始しました!
タイトルは――
『魔力ゼロの落ちこぼれ貴族、四大精霊王たちに溺愛される ~契約で感情を取り戻したのでギリギリまで無能を演じてみる~』
URLは以下になります!
https://kakuyomu.jp/works/16817330655575154642
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