山を流れる川を隔て向かい合う。


「構えろ、リイン」

「はい」


 お互いに無手。

 獲物は使わず、体術での戦闘訓練。

 剣術は何も剣を振るうだけじゃない。

 剣術が柔術と関わりが深いように、徒手格闘もできて一流。

 ただし、この戦闘訓練の目的はそこにない。

 魔力操作の実戦利用。

 この半年かけて鍛えた魔力操作の技術を使い、先生と戦えるようになる。

 先に動いたのは俺だ。

 大きく地面を蹴り、先生に正面から接近する。

 俺の拳を腕で受け、続けて蹴りも曲げた膝で受け止める。

 流れるような反撃に対して回避を選択し、そのまま俺は右手で手刀を作る。

 思いっきり振り下ろしたが、先生は横に跳んで回避した。

 代わりに地面がクパーと割れる。


「おうおう、すごい切れ味だなぁ」

「逃がさない!」


 俺は立て続けに手刀で攻撃する。

 対する先生も手刀を作り、俺の右手を受け止める。

 手刀と手刀の衝突。

 本来ならばありえない火花が散り、ガリガリと鉱物同士がこすれる音が響く。

 お互いに魔力を纏い、高速で循環することで手刀は鋭利な刃物となっている。

 鍔競り合いから押し込み、俺と師匠は距離をとる。


「よし、悪くないな。今の戦闘でも制御は乱れてない。魔力操作の第一段階は一先ずクリアしたと思ってよさそうだな」

「ありがとうございます!」

「これなら十分実戦でも使えるだろ」

「はい。けどまだまだ足りない」


 俺は手刀を解除し、力いっぱいに拳を握る。

 先生は認めてくれたけど、俺はちっとも満足していない。

 完璧に扱える魔力量も半分以下。

 体表面でのコントロールは上手くなったけど、身体からの距離が離れるほど難しいのは変わらない。

 先生のように自在に操るには練習不足だ。


「そう悲観することはないだろ。たった半年でここまで使いこなせるようになったんだ。お前には才能がある」

 

 才能……か。

 そうでなくては困るんだ。

 先生のように長い時間は使えない。

 人間の寿命は、この世界でも百年前後だという話だ。

 老化すればあらゆる機能は低下する。

 老いを感じる前に、俺は武士として、剣士として完成させなければならない。


「焦るなよ」

「……心を読まないでください」

「読まんでもわかる。お前は顔に出るからな」

「初めて言われましたよ」


 河原で腰をおろし、少し休憩する。

 先生も隣に腰を下ろし、一緒になって流れる川を見つめる。


「なぁリイン、お前はなんのために強くなりたい?」

「え? 急にどうしたんです?」

「暇だからな。そういえば一度もちゃんと聞いてないと思ったんだ」

「……武士に憧れたからですよ」

 

 戦乱の世から幕末まで。

 武士たちは刀を握り、己が信念を貫くために戦った。

 単純な強さじゃない。

 目的のためなら命すら捨てる覚悟。

 自分ではなく、主を優先する考え方。

 死を恐れず、生を捨ててでも何かを成し遂げようとした者たちに……俺は憧れた。

 そして、歴史の中で名を遺した剣豪たち。

 彼らの伝説、生き様にも心が震えた。

 彼らは本物の武士であり、歴戦の剣士だった。


「俺も、彼らのようになりたいと思ったんです」

「なるほどな。武士ってのはよくわからんが、ようするにただの強さじゃないってことか」

「はい」

「だったらお前は、そいつらみたいに見つけないといけないな。お前自身の信念……あるいは目的ってやつを」


 先生の言葉に身体が、心が反応する。

 武士の強さとは何か。

 前世で技を磨き、身体を鍛えながらずっと考えていたことだ。

 ただ強いだけじゃ武士とは呼べない。

 強さには意味がいる。

 先生の指摘は、今の俺が空っぽであることを見抜いていた。


「お前がただ強くなりたいだけなら今のままで十分だがな。そうじゃないんだろ?」

「……はい」


 武士としての強さを見つける。

 それは剣士としての強さだけではなく、それ以外の何かだ。

 今の俺には何もない。

 ただがむしゃらに強さを追い求めているだけだ。

 俺が戦う理由は……まだ見つかっていない。 


「先生は、どうして強くなったんですか?」

「ワシか? そうだな……」


 先生はいつになく、切なげな横顔を見せる。

 何かを思い出すように、空を見上げた。


「約束のためだ」


 約束?

 一体誰と、どんな約束をしたのだろう。

 気になった俺だけど、今聞いても答えてくれない気がして、そっと飲み込んだ。


「さて! 休憩は終わりだ。続きを始めるぞ」

「はい」


 俺は立ち上がる。

 

「ワシもそろそろ、この地を離れることになりそうだからな。時間を有効活用していくぞ」

「そうですね……え?」


 今、なんて?


 この日の修業は最後まで集中しきれなかった。

 先生が途中、俺に言ったことが引っかかって。


「よーし、ここまでだ」

「……」

「どうしたんだ? リイン、途中から集中してなかっただろ?」

「……先生、帰るのか?」


 もやもやしたままじゃ集中できない。

 俺は思い切ってストレートに質問することにした。


「まぁな。元々期限付きの休暇だったんだよ。五年経つし、いい加減顔を出さないと上司に怒られそうだ」

「上司……いたんだ」


 かってな想像で、先生はずっと一人で旅をしているのだと思っていた。

 先生はあまり自分のことを語らない。

 今まで何をしていたのかも、俺は知らない。


「……いつ?」

「まだ決めてないが一月以内か。ちょうどお前の修業も区切りがよくなったところだ」

「……」


 確かに、区切りとしてはいいかもしれない。

 俺も魔力の使い方を覚え始め、コツを掴んできたところだ。

 実戦でも扱えるレベルに至っている。

 けれど……。


「……だ」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもない。また明日、お願いします」

「おう。気を付けて帰れよ」


 俺は一人、ある決意をする。

 少しだけ昔を思い出した。

 昔というより前世か。

 そのためにも、果たすべき義理を果たそう。

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