第56話 クソ野郎

 女性達の診察を終え、家に戻るとシルフィーとミリアが出迎えてくれた。二人は食糧の調達の為に森で山菜や果物を取りに行っていたのだ。


「クライドさん、見て下さい。シルフィーさんのお陰でこんなに沢山果物が採れたんですよ」


「ふふんっ! もっとボクの事褒めて褒めてっ!」


 明るく話す二人を見て少し心が癒される。


「シルフィーが凄いのは知ってるよ。昨夜も大活躍だったじゃないか。それより二人共、昨日は遅くまで村の女性達の世話していたのにすまないな……」


 シルフィーは昨晩、エリーナと共に女性達の傷を魔法で治療し続けていた。途中、魔力を使い切ったのか身体が透けてきてしまった為、慌ててエリーナが治療を辞めさせ休ませる事にした。


 魔力の回復には森で植物から生命力を分けて貰う必要があった為に今日は俺達と別行動となり森へ向かっていた。


 更に食糧問題は深刻な様で昨晩の件で各家庭で備蓄していた食糧を分け与えた為にこの冬を越えられるかが不安な状況となっていた。


 その為ミリアはシルフィーと一緒に何か食べる物を採りに森へ向かいたいと申し出たのだ。

 また獣に襲われないか心配だったが、シルフィーがその辺は感知出来るというので、それならば大丈夫だろうと言う判断で食糧の調達をお願いした。


 とは言え蜘蛛の巣に引っかかってしまう様なちょっとおっちょこちょいなシルフィーの方が心配ではあったが……


 兎にも角にも食糧については村長のエドマンと話をし、現在の村の状況を把握する必要があるなと考えた。


「どうしたの、クライド? 元気無いよ……」


 昨夜から衝撃的な事が起こり過ぎて、頭が、感情が混乱し、明るく振る舞える余裕が無かった。


「流石に……夕べは堪えたよ……」


「あの、じゃあ元気が出るようにお食事作りましょうか?」


「いや、今はちょっと食欲無いから……あっ、そうだ折角だしコレ貰っていくね」


 そう言って俺は今しがたミリアが採ってきた果物の中から柿の実を一つ手に取る。


「どこか出掛けられるのですか?」


「うーん、ちょっとね。一人になって頭の中色々整理したいから散歩にでもと。そんなに遅くならないと思うけど、先に飯食ってて」


「そうですか……」


 そう呟いたミリアの表情は少し寂しげであった。


「師匠、ちょっと出掛けてきます」


「そうか、気をつけるのじゃぞ」


 エリーナの言葉に「はい」と返事をし表に出た。外は日が沈みかけており綺麗な夕焼けの空だった。


 特に行く当てがある訳では無いのて、ただブラブラと村の中を歩いてみる。


 ふと村の中央に監視用の物見櫓があるのを思い出し、なんとなくそこに登ってみたいという衝動に駆られ櫓を登ってみる事にした。


 櫓の上はなかなか見晴らしが良く、そこに腰掛けると先程貰ってきた柿を皮ごと噛じる。


「今更だけど、ここどこなんだろうな……」


 ここは元いた所と違い魔物や魔獣がいる世界でそんな脅威と背中合わせで暮らして行かなきゃならない。それでも逞しくこの世界で生活して人達はなんて強いのだろうと思えた。それに比べて俺ときたら……


 そんな事をぼーっと考えてる間に辺りは暗くなり夜空には星が瞬き始めた。


「うーん、星の並びも見覚えがある物が無いし、地球じゃ無さそうなんだよなぁ……」


 色々な女性と会話が弾む様にと様々な知識を広く浅く習得していた中に星座に纏わる話も勉強していた。その記憶の中にある星座と目の前に広がる星空は全く異なっているように見えた。


「しかし今考えるとココの人達と比べてヌルい生活してたなぁ……」


 生活の為に仕事はしていたが、仕事が終われば酒飲んでネットやってアニメ観て……


 その時は何も思わなかったが今こうして振り返るとなんと恵まれていたのだろうかと思う。そんな温い環境で生きてきた俺が逞しくこの世界で生きている人達を助けてやろうと思う事自体が傲慢だったのでは無いだろうか……


 元々自分はそんな落ち込む様なタイプでは無いのだが流石に今回は精神的に来る物があった。


「はぁ……」


 大きな溜息を着く。


「クライドさーんっ!!」


 そこへ下から俺を呼ぶ声が聞こえた。下を覗くとそこにはミリアがいた。


「どうしたのーっ? よくココに居るの分かったねー」


「ココに登って行くの見たって人がいたんですーっ」


「ちょっと待っててーっ」


 俺は櫓から飛び降りると風魔法を使い着地の衝撃を緩和させる。魔法の扱いもだいぶ慣れてきた。


「魔法って凄いですね」


「なに、師匠に比べたら全然さ。それよりどうしたの? 」


 俺の問いかけにミリアは少し考えてから話し出す。


「えーっと、その……少しお時間よろしいですか?」


「時間ならいくらでもあるさ」


「お話したい事があるの、良かったらウチに来て頂けませんか?」


 なんだろう? 改まって。とはいえこんな状況であっても女性からの誘いに心が踊ってしまう自分はやっぱりクソ野郎だなと思った。

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