第42話 第一村人


 木々を掻き分け悲鳴の聞こえた辺りに急行すると、体長二メートル程の熊が一人の女性に襲いかかろうとしていた。


(あっ、やばっ! 勢い付きすぎた! ここは魔法放つよりも……)


「よいしょおっ!!」


 俺は走り込んできた勢いそのままに熊の顔面目掛けてドロップキックを浴びせる。


「ガウッ」


 ドロップキックを受けた熊はよろけはしたものの、大したダメージは負って無い様子だった。

 うん、まぁ俺もこんなんで倒せるとは思っていなかったし、とりあえずは女性と熊との間に距離が出来たので良しとする。


「お嬢さん、怪我は?」


「あっ、えっ? あの、はい、大丈夫です」


 襲われそうになっていた女性の見た目は十六〜七歳位で金髪の三つ編みおさげで、垂れ目がちの幼さの残る可愛らしい顔立ちをしていた。


 うん、全然イケるねっ!


「オーケー、ならちょっと下がっててね」


 さて、この目の前の熊をどうやって倒しちゃおかな? 魔法でバッサリが無難だけど、良いとこ見せたいし、ナイフでやっちゃった方がいいかな? 等と考えていると


「グガァッ」


 体勢を立て直した熊が前足を振り上げ、俺に襲いかかって来る。


「っぶねっ! 怖っ!」


 振り下ろされた前足をギリギリの所で躱す。まともに直撃すれば簡単にミンチにされてしまうような威力だと思えた。


「こりゃ、余裕ぶってる場合じゃねーな」


 やはり自分より大きい相手は威圧感があり、恐怖を感じてしまう。


「ウィンドカッターっ!」


 俺の魔法で生み出した風の刃は呆気なく熊の頭と胴体を分断した。


 いや、やっぱ魔法すげーわ。前世であれば野生の熊なんかに出くわしたならば一目散に逃げ出さなければならないほど危険な存在だったのが、今やどうやって倒そうかと倒し方を考えられるほど余裕を持って対峙出来てしまうほどだ。


 魔法の偉大さをしみじみと噛み締めていると、離れて様子を伺ってた女性が駆け寄ってきた。


「あのっ、助けて頂きありがとうございます」


 そう言ってペコりと頭を下げる


「なに、君みたいな可愛い子が助けを求めていたら例えこの世の果てにいたとしても直ぐに駆けつけるさ」


「えっ? あっ……はぁ……その、ありがとうございます……」


 あれ? 何? この滑った感じ。なんか気を使ってない?

 いや、まぁ逆にこんなんで「好きです、抱いて、ポッ」みたいな反応をさかれても頭おかしい子かな? って思ってしまうのだけれども。


「あっ、俺はクライドって言うんだけど君名前なんて言うの? この辺に住ん出る子? こんな森の奥に一人で来たの? まだ危ないかもしんないし送ってってあげるよ」


 エリーナ以外の人間に久しぶりに会った為、テンションが上がり一度に色々な質問を投げかけてしまった。


「えっと、あの、私はこの近くのコミーズと言う村に住むミリアと言います。ここには一人で山菜を採りに来ていました。送って頂けるのはありがたいのですが、ご迷惑ではありませんか?」


「なに、俺達今旅の途中で丁度泊まれるとこを探してたんだ。送ってく代わりに宿屋でも紹介して貰えたらありがたいんだけど」


 俺の矢継ぎ早な質問に対して丁寧に受け答えしてくれる辺り、めっちゃ良い子なんだなと分かる。


「生憎なのですが、私達の村に宿屋はありません……ただ、空き家が何軒かありますので村長に話を通せばそちらにお泊めする事が出来るかもしれませんが……」


「おーけー、おーけー、それで構わないよ。んじゃ、連れが待ってるからそこまで一緒に行こうか」


「でも本当によろしいのですか? なんだか申し訳なく思ってしまいます」


「なーに、気にしなくていいさ。第一、ミリアちゃんみたいな可愛い子をこんな所に一人で置いて行く訳にはいかないじゃん」


 そう言うと一陣の風が吹き、頭上より声が聞こえた。


「ほう、そのような小娘が主の好みなのかえ?」


 見上げると、そこには天女……では無く荷車の持ち手に腰掛けたエリーナが浮かんでいた。


 は? 何あれ、風魔法? そんな事出来んの? なら俺が今まで苦労して引いてきた意味は? いや、まぁ、戻る手間が省けたんでいいんだけれどもよ……


「大丈夫です、エリーナ以上の女性なんてこの世に存在しませんから」


「いや、大丈夫の意味が分からぬ。して、これからどうするつもりなのじゃ?」


 器用に魔法で風を操作し地面に降り立つと、これからの事を問いかけてきた。


「彼女の住んでる村がこの近くにあるそうなのでそこにお邪魔させて頂こうかなと思ってます。ね? ミリアちゃん」


 と、ミリアの方を見るとその顔は血の気が引いたように蒼白となり身を震わせていた。


「まっ……魔女……まさか……破滅の魔女……」


「あっ……」


 そう言えばエリーナはこの世界では悪い魔女として恐れられる存在であった。だが、実際に彼女と接して分かった事はエリーナと言う女性は誰よりも優しく、そして孤独を恐れる、そんなごく普通の人間であるという事だった。


「えっと、エリーナは俺の師匠でめっちゃ優しくて、物語で言い伝えられてる様な怖い魔女じゃ無いから、だからそんなに怖がらなくていいよ。ねっ、師匠っ」


「まぁ、これが普通の反応なのじゃよ。いきなり弟子入りしてきた主の反応がおかしいのじゃ。あの時は主の正気を疑ったくらいだしの」


「いや、ちょっと待って下さいよ! エリーナ程の美しい女性を見たらお近づきになりたいと思うのは当然でしょ? 俺は何もおかしくないですからっ!」


 むしろ口説かない方が失礼に値するでしょ? 相変わらず俺の事を変人扱いする困ったお師匠様だ!


 と、そんなやり取りをしていると、気を失ってたシルフィーが目を覚ましてきた。


「うぅ……クライド、酷いよ……急に魔力流すなんて……まだ頭がぐらんぐらんしてるよぉ」


「えっ? えっ! えっ!? 妖精……? 」


(うわっ、こいつ面倒臭いタイミングで目ぇ覚ましやがって……)


「あれ? その子は誰? 何があったの?」


「あぁ、この子は熊に襲われそうになってた所を俺が助けたんだ、名前はミリアちゃん。んで、こっちの妖精は俺と一緒に旅してるシルフィーね」


 信じられないと言う様な顔をしているミリアに対してもシルフィーの事を紹介する。


「私、妖精なんて生まれて初めて見ました……」


「あっ、うん、俺もコイツが初めてだから安心していいよ」


「ねーねークライド、その子危ないとこ助けたって言ってたけど、その子とも隷属の契約……」

「しねーよっ!!」


 ビビった……コイツはなんちゅー事を言い出すんだ!


「隷属の契約……私……クライドさんの……奴隷に……?」


「あー、違う違う、この子妖精だからさ、人間の常識がまだ分かって無いんだよ。そんな出会って間もない人と隷属の契約なんて結ぶわけ無いじゃん?」


「はぁ? ボクとは出会ってすぐに無理やり隷属の契約やったクセにっ!なんでその子とは契約しないのさっ! 」


(あーっ! もう、今そんな事持ち出すんじゃないよ……)


「馬鹿だなお前、一目見た時に手放したくないと思う程お前が可愛いかったからに決まってんだろ」


「えっ!? あっ、うん、そう……なら仕方ないか……なっ!!」


 シルフィーは少し照れた表情になると俺の言葉に納得した様だった。


 ふぅ……チョロい妖精で良かったわ


「よし、じゃあミリアちゃんの村に行こうか。あっ、今倒した熊の肉も持って行くか。村の人達に分けてあげたら喜んで貰えるかな?」


「えっ、えぇ、それは勿論。私達の村はそんなに食べ物が豊富とは言えませんので……」


「うしっ、んじゃ熊の血抜きと内臓の処理をちゃちゃっと済ませて村に向かいますか」


 とまぁ、そんな流れでミリアの住むコミーズ村へと向かう事となった。


「相変わらず口だけは達者じゃのう……」


 というエリーナの呟きを聞きながら。

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