第58話 次の街へ


 翌朝目覚めると俺の腕の中には何も纏わぬ姿のミリアが眠っていた。


「んっ……あれ? あっ、おはようございます……」


 眠っていたミリアが目を覚ます。


「おはよ。身体の方は大丈夫? 痛いとこ無い?」


「えーっと……身体中が痛いですぅ……」


 布団の中で体を少し動かした後にミリアは少し泣きそうな顔でそう答えた。


 ……可愛いなぁ


「あっ、朝食の準備しないとっ」


 慌てた様子でミリアが飛び起きる。


「じゃ、俺達の家に行こうか」


 ミリアはベットから起き上がると服を着始めた。ふと振り返ると何かを思い出したように話し始める。


「そう言えば昨日エリーナ様からこの魔道具を渡された時に言われた事があるんです。自分では今のクライド様を慰めてやる事が出来ないと。その時は意味が分からなかったのですが、今ならその意味が分かった気がします」


 確かに今回ばかりはエリーナがいくら慰めてくれたとしても、彼女に対しての劣等感で僻んだ受け取り方をし、素直に聞き入れられなかったかもしれない。

 俺に救われたと言ってくれたミリアの言葉だったからこそ俺の心に響いたのだ。


「逆に俺がミリアに救われ形になったな」


「そんな、私なんかがクライド様をお救いしただなんて……」


「実際ミリアの言葉て救われたよ。あっ、でも『クライド様』は辞めてくんないかな……こっちが恥ずかしいし」


「そういう訳にはいきませんよ。これからお仕えして行く立場なんですから」


「んー、じゃあせめて二人っきりの時だけでもさ」


 少し間が開きミリアが答える。


「じゃあ……二人だけの時はお言葉に甘えて……」


 俯き恥ずかしそうにそう答えたミリアがとても愛おしく思えた。


 それから俺も服を着るとは自分が間借りしている家へと向かった。エリーナは既に起きており紅茶をすすっていた。


「エリーナ様、おはようございます。遅くなって申し訳ございません、すぐに朝食の準備に取り掛かりますので」


「別に慌てずとも良い」


「あと、こちらをお返し致します。本当にありがとうございました」


 ミリアは消音の魔道具をエリーナに渡すと深々と頭を下げると朝食の準備に取り掛かった。


「素直で良い娘であるのぅ」


 ポツリとエリーナが呟く。


「師匠……色々とお気遣い頂きありがとうございました」


 俺もエリーナに対し頭を下げた。


「昨日までは憔悴仕切った様じゃったが……だいぶ顔色が良くなったの」


「彼女のお陰です。あっ、師匠。ミリアもこれから旅に連れて行きたいのですがよろしいですか?」


「致し方あるまい。どの道この村には居づらくなるじゃろうしの」


 あっさりと承諾して貰う事が出来、少々拍子抜けしてしまった。


「どういう意味です?」


「よくよく考えてみよ、この村の年頃の娘達は皆ゴブリン共に蹂躙されておる。そんな中、ゴブリンの魔の手から逃れたミリアの存在は他の娘達の目からどう写る?」


「あっ……」


「嫉妬、妬み、何故彼女だけ助かった? 自分達はあんな酷い目に合ったのに何故彼女だけが逃れられた? と。今はまだ助け出されたばかりでそこまで思う者はおらぬだろうが、いずれそう思う様になるじゃろうの」


 確かにこの村に残れば一人難を逃れたミリアは他の女性達から憎悪の対象となり得るだろう。それより助かったが故に俺に奉公に出されたという形にするのが一番収まりも良い様に思えた。

 ミリアが俺を『様』付けして呼ぶ理由もそういった事を考えてだったのかも知れない。


「それよりこれからどうするのじゃ? 考えは纏まったのか?」


「ええ、だいぶ落ち着いて考えられる様になりましたので。先ずはこの村の正確な現状が知りたいので村長のエドマンさんに話を聞きたいですね」


 当面の食料に関しては今回のゴブリン討伐の報酬を使えば一時的には凌げるだろう。問題はその後だ。自分達が居なくなっても永続的にこの村の人達だけで生活して行ける環境を作らねばならない。


 重要なのは手を出し過ぎない事だ。自分達が居なければ成り立たない復興では意味が無い。


 その為には今この村に何が必要で俺に何が出来るのかの確認をしたかった。


「それでしたら食後に私が村長を呼んで参ります」


 手際良く朝食の準備を進めるミリアも話に加わる。


「あぁ、そうしてくれると助かるよ」


「私に出来る事がありましたら何でもお申し付け下さい」


 そう言いながらミリアが出してくれた朝食は小麦粉を水で溶かした中に刻んだ山菜を加え焼いただのシンプルな料理であった。

 前世で言う所のお好み焼き、いや、チヂミに近い料理で美味いっちゃ美味いのだが少々味気無かった。おたふくソースが欲しいと思った。


 とはいえ贅沢を言える状況では無いし、自分達が旅をする為にエリーナが用意していた食料も底を尽きかけてきている。早急に冒険者ギルドのある『ハウベル』の街へ行く必要があった。


「ふぁ〜っ、おはよう〜」


 俺達が食事をとり終える頃、ようやくシルフィーが目を覚ます。


「おはようございます、シルフィーさんっ」


「おー、シルフィーにも言っとかないとだな。これからミリアも一緒に旅する事になったからよろしくな」


「おーっ、とうとうミリアとも隷属の契約を……」

「してねーっつうのっ!!」


「私は……別に構いませんけど……」


「いや、ミリアちゃん本気にしないでっ!!」


 モジモジしながらそう答えるミリアに思わずツッコミを入れる。


「あとクライドは本当にスケベだから気をつけてねっ」


「えっと……それに関しましてはもう手遅れと申しますか……」


「ええええっ!!! 何? 手遅れて何よ? 俺が悪いみたいじゃんっ!!」


「くくくっ……」


 俺達のやり取りを聞いていたエリーナが突然笑い出す。


「いや、ようやくお主も調子が戻ってきた様じゃと思ってな」


 ずっとエリーナは俺の事を心配していたのだろう。エリーナが笑う顔も久しぶりに見た気がした。


「えぇ、まぁこの調子で村の復興もちゃちゃっとやっちゃいますかぁ!」


 それから俺達はエドマンと情報交換をした後に村の馬を借り『ハウベル』の街へと向かう事となった。新たにミリアを仲間に加えて。

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