第59話 遥か遠い過去Ⅳ
その少年の名は『フレイ・パプロスカヤ・九條』と言った。
彼は7歳になるまでは極々普通の両親の元に生まれたと思っていた。
ある日、母親はフレイに対しこう告げた。
「フレイ、よく聞きなさい。あなたはとても重い病気にかかってしまったの。でも大丈夫、父さんも母さんもとても優秀な学者なの。だから絶対あなたの病気を治してあげるわ。辛い治療になるかもしれないけど我慢して頂戴ね」
フレイは自分の置かれた状況など理解する事が出来るはずも無く、ただ頷く事しか出来なかった。
その日からフレイにとっては地獄の様な日々が始まった。毎日毎日よく分からない薬を飲まされては、その副作用で嘔吐し、血を抜かれては検査の繰り返し。
「母さん……痛いよ……苦しいよ……」
「大丈夫よ、全部あなたの為だから」
そう元気付ける母親の表情は顔こそ微笑んではいたものの、その瞳の奥からはどこか冷酷さが感じられた。
そしてその様な検査は母親からだけで無く父親からも受けていた。
ある日フレイは父親から薬を投与されると激しい頭痛と嘔吐に見舞われ、高熱を発し意識を失ってしまった。
意識を取り戻し、目を覚ますと両親の言い争う声が聞こえてくる。
「ちょっとアナタっ! あの子が死んでしまったらどうするつもりなのよっ!! 貴重な実験体なのよっ」
「そう喚くな。死んだらまた産めばいいだろう」
「嫌よっ! あんな痛い思いをするなんて二度と御免だわっ」
「それより見てくれ、竜人の血は確かに人体にとっては毒性が強い物だが経口摂取でDNAに変化が見られたのだ。これで毒性を抑え、寿命を司る遺伝子を書き換えられれば私の……」
フレイにとって二人の会話は理解する事が難しい話であったが、母親の一言は理解出来た。
母親は自分の事を『実験体』と言ったのだ。
絶望がフレイを包み込んだ。自分はこの二人の実験台になるために生まれて来たのだと知った。
だがそれを知った所で彼に
そんな日々がそれから十年続いた。その頃になると両親はフレイに対し実験体である事を隠さなくなっていた。そしてフレイもまた実験体である事に何も思わなくなった。
「これでアナタも魔法が使える様になったはずよ。さぁ、試してご覧なさい」
「はい、母様。『ファイアボールっ』」
眼前に手を伸ばし的に向け魔法を放つ。
掌から生み出された炎の玉が的に目掛けて真っ直ぐに飛んで行き、的を炎で焼き尽くす。
「素晴らしいわっ! 成功よっ。やっぱり魔法を発動させる為の条件はこの地の亜人達が使う言葉や文字が重要だったようね。という事は……」
散々苦しい思いをさせられて来たはずなのに、憎む事さえあったはずなのに、フレイは自分の魔法を見て喜ぶ母親の姿を見て嬉しく思ってしまう気持ちに困惑した。
また父親の研究も実を結んだ様で出来上がった不老不死の薬を飲まされた。
「どうだ? 異常は無いか?」
「はい、特に問題はありません」
「よし、では手を出してみなさい」
言われるがままに手を差し出すと父親はその手をナイフで徐ろに切りつける。
「グッ……」
血が流れる傷口を見て父親は呟く。
「ふむ、傷の治りは変わらんか……不死についてはまだ研究せねばならんな……」
こうやって体を傷付けらる行為はいつもの事であった。それを物語るかのようにフレイの身体には無数の傷跡が残っていた。
こうして魔法と不老の力を獲たフレイであったが、歴史の表舞台にその名が出てくる事は無かった。
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