第13話 初戦闘

 再び森の奥に入り幻想茸を探し始める。確か湿気が多くて日の当たらない影地に生息しているはず。そういった場所の木の根元や岩陰を探すが一向に見付けられない。


 時間が勿体なかったので、エリーナが渡してくれた干し肉を食べながら探していると、どこからとも無く地面を揺るがす様な、地響きの様な音が聞こえてきた。


 ドドドドドドッ!


 音の方向を見ると体長二メートルはある大きな猪がこちらに向かって走ってきていた!


「ぬわああああっ! なんでっ? ちょ! こっち来んなっ!!」


 そう叫んではみたものの、猪が俺の言葉を聞いてくれるはずも無く容赦なく襲いかかってきた。


「ぬおっ! 危ねっ!!」


 突っ込ん出来た猪をギリギリの所で躱す。 突進を躱された猪はすぐさま方向転換し、再びこちらに向かって突撃しそうな体勢に入った。


「ちょっ! お前落ち着けって! 俺はお前の女を寝取った覚えはねーぞっ! 」


 当然、俺の話など通じる訳が無く、血走った目で俺を睨みつけていた。


(ちくしょうっ!俺が何をしたってんだいっ!)


 しかし愚痴をこぼした所で何も解決しない。なんとかしてこの窮地を脱しなければならない。


(どうする? 魔法!? 通用するか?)


 再び俺に向かって走り込んできた猪に向かって手を広げ、体の記憶を頼りに魔法を繰り出す。


『サディンウィンドウっ!!』


 手のひらから突風が吹き荒れ、その風は猪を突き飛ばした。


(やったぜっ!! 成功だっ!)


 魔法はこの体の記憶のお陰か自分が思っていたよりも案外簡単に放つ事が出来た。


「うひょー! 魔法すげー! なんかカッチョイイ!!」


 と浮かれ、ホッとしたのも束の間。風で吹き飛ばされた猪はすぐさま体勢を整え再び突進してきた。魔法が当たった事に喜んでいた俺は完全に油断していた。


(ヤベっ、避けきれねぇ!)


「ガハッ!!」


 直撃こそ避けたものの、猪の体当たりを喰らい数メートル吹き飛ばされた。


「痛てぇ……ゴフッ!」


 口から血が吹き出た。


(マズイ……内蔵やられたかも……)


 情けない話だ。小説で読んだ異世界転生物だったらココでチートな能力であんな獣どころか強力な魔物さえ一瞬で片付くはずなのに、

 実際はそんな甘くねぇ……


 だが泣き言いってる暇は無い。上半身を起こし、ナイフを抜いて構える。


 構えてはみるものの、こんな小さな刃物ででかい猪を仕留める様な技量なんか当然持ち合わせてない。何か手は無いかと辺りを見渡す。


 トドメを刺そうと猪がゆっくり近づいて来ていた。


(何か……何か……)


 ふと自分の手元を見てみるとそこに見た事のある植物があった。


 俺が転生してすぐの時、空腹のあまり食べようとした雑草、確か名前は『一殺草』……


 俺はそれを手にし、猪と向かい合う。


 猪はトドメを刺しに突撃を仕掛けてくる。


 迫り来る恐怖。猪がドンドン近づいてくる。今すぐにでも逃げ出したい。


(まだだ……もっと引き寄せて……)


 猪の突撃が俺の体とぶつかる瞬間


(ここだっ!)


 突進を躱しつつ手にした一殺草を猪の口にねじ込む。


 が、猪の突撃を完全に躱す事は出来ず、突進の勢いを受け再び俺は数メートル吹き飛ばされた。


「アアァァっ!! いってえぇ……」


 身体中に痛みは走ったがなんとか死は免れたようだ。それよりは猪はどうした? 次また同じ様に突っ込んで来られても、もう避ける自信が無い……


 ゆっくりと猪の方を見てみると猪は再び方向転換し相変わらず血走った目でこちらを睨みつけていた。


「クソッ! 意味無しかよ……こんな死に方マヌケすぎんだろ……いや、餓死よりマシか……」


 身体のアチコチが吹き飛ばされた際に出来た切り傷で血だらけになっていた。

 迫り来る死を前に俺の頭の中ではエリーナの事を考えていた。怒った顔、呆れた顔、笑った顔……一緒にいた時間は短かったのに思い出すのはエリーナの事ばかりだった。


「当たり前か……こっち来てからエリーナとしか会って無いもんな……」


(もっと話したかったなぁ……)


 マヌケな妖精も少しだけ思い浮かんだが、すぐに消え去った。


「やっぱ草食わせた位じゃ死なないか……」


 でもだからと言って諦めるわけにもいかない。何か他に手はないか? そう思いながら猪に目を向け、猪と向き合う。が、俺に考える暇を与えまいと猪が俺に向かい走り出そうとしたその時だった。


 急に猪は白目を向き、口から泡を吹いて倒れたのである。


「ん? あっ、やったぜ……ざまぁみろ……」


 以外とあっさり倒れてしまったので拍子抜けしてしまった。

 どうやら本当に「一殺草」と言う植物は食べると死ぬんだなと思った。と同時に背筋に寒気が走った。


 もし、この世界に転生して来たばかりのあの時、この一殺草を食べようとしていた俺をエリーナが見付けてくれなければ、俺もあの猪のように白目を向いて泡を吹いてたかと思うと恐ろしくなった。タマヒュンだ。


「さて、幻想茸探さなきゃ……」


 エリーナにまた会えると思ったらそれだけで喜びを感じた。その為にも採取の続きをとそう思ったが身体が思うように動かない。と、エリーナに渡された道具袋を思い出し、中にある栄養剤を飲むことにした。


 相変わらず驚く程の効果で、傷までは治らなかったものの体力はかなり回復した。


(またエリーナに助けられたな……)


 幻想茸探しを再開しなければと立ち上がろうとしたその時、ふと近くの木の根元に目が行った。


 そこには探し求めていた幻想茸があった!


「キターっ!ミッションコンプリートやっ!!……ゴフッ」


 そしてその茸の近くには足を怪我した猪の子供がいた。


「お前のせいか……」


 俺はその猪の子供にナイフを突き刺す。


「すまんな……お前は俺の生きる糧となれ」


 思わぬ土産を手に入れた。


 日暮れが近づいていた。


「間に合う……かな……?」


 血を吐き痛む身体を引き摺りながら帰路を急いだ。

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