第14話 ご褒美


「ただ……いまっ……ハァハァ」


 日が暮れる寸前。ギリギリの所でなんとか家に辿り着いた。


「どうじゃ? 幻想茸は見つかっ……なんじゃ!? その傷はっ?」


 俺の姿を見てエリーナが驚いていた。吹き飛ばされた時に身体中あちこちをぶつけ出来た傷から結構な量の血が流れていた。


「いやぁ、猪に襲われちゃって……ゴフッ」


 そう言って土産の猪の子を差し出すと口から血を吐いた。呼吸が苦しい。

 ここに帰って来るのも死ぬかと思うほどしんどかった。


「シルフィー……いるか? 早速出番だぞ……」


 傷だらけの俺を見てシルフィーは


「うひゃー! いっぱい血がでてるねー! でも、こんな傷ちょちょいのちょいだよっ」


 と緊張感の欠片も無い事を言いながら、俺の所に飛んで来て傷口に手を充てていた。そしてその手が淡く光ったかと思うと、みるみる傷口が塞がっていく。

 その様子を見ながら治癒魔法の凄さを目の当たりにし驚いた。


「お前を鳥の餌にしなくて良かったよ……」


「妖精を鳥の餌にしようとしたぬしが信じられんわ」


 先程まで傷だらけの俺を見て驚いていた様子のエリーナだったが、治癒魔法の様子を見て今は落ち着いていた。


「クライド、まだ喋っちゃ駄目っ、体の中の傷の方が酷いんだからっ!」


「そっちはわしが治してやるか」


「師匠も治癒魔法が?」


「当然じゃ」


 そう言うとエリーナは俺の胸に手を充て、目を瞑り集中していた。シルフィーの時と同じ様に手の辺りが淡く光る。

 それと同時にさっきまで息苦しかった呼吸が楽になった。


「治癒魔法なんて初めて見ましたけど本当に凄いんですね」


「まぁ、扱える者は限られておるしの。しかし、猪ごときでこんな傷を負うなど情け無いのう」


「自分でもそう思います……」


 この一件で分かった事がある。俺に戦闘は不向きであるということだ。漫画や小説みたいに敵をバッタバッタと倒して行くなんて芸当は俺には無理なんだと実感した。


 師匠とシルフィーのおかげで傷もすっかり塞がり、痛みも無くなったが俺にはエリーナに謝りたい事があった。


「師匠……すいません。せっかく買って頂いた服をボロボロにしてしまいました……」


 せっかくエリーナに買って貰った服をボロボロにしやがってと猪に対して怒りが湧いてくる。


「なぁに、服などまた買うてやる。今日はもう休んでおれ」


 確かに傷は塞がり痛みも無くなったが、身体が重い。血を流し過ぎたのだろう。休む様にとの言葉は有難かった。


「師匠、ありがとうございます。シルフィーもありがとな、助かったよ。」


「どうだい、ボクの凄さが分かっただろ? だから隷属の契約を破棄して……」


「却下だ。それとこれとは話が別だから」


「ひどいっ! この恩知らずっ! ロクデナシっ! スカポンタン!」


 その後もシルフィーはギャーギャー騒いでいたが俺はそれに付き合う元気も無く無視していた。


 ……とそこで俺は大事な事を思い出した。


「師匠っ!! ご褒美っ!」


 ご褒美の事を思い出すと、さっきまでの今すぐにでも横になって休みたいという気持ちが吹き飛び、採取用のカバンから採ってきた薬草を取り出し、テーブルに並べる。


「言われた通りの物を日暮れまでに採取してきましたよ! ご褒美お願いします!」


 エリーナは驚いたような焦ったような顔で


「あっ……あぁ、確かにわっちの言うた通りの物を採ってきた様じゃが……今でなくても……」


「今ですっ!!」


 先延ばしにされ、何だかんだと理由をつけてあやふやなままで無かった事にされるのを避けたかった。ここは強気で押し通す!

 俺と師匠のやり取りをシルフィーは興味深そうに眺めている。

 俺の必死な形相を見てか、エリーナは観念した様子で


「仕方ない……約束は約束じゃ……」


 そう言って俺の前に右手を差し出した。


(うっひょー!! 来たよ! 来たよ! この時の為に俺は今日一日頑張ったんだよっ!!)


 俺は差し出された手を取る。エリーナは恥ずかしさの為か俺と視線を合わせようとはせずに横を向いていた。


 差し出されたその手の甲に軽くキスをして「ペロッ」と軽く舐めた。

 その瞬間エリーナはビクッと身を震わせその手を引こうとするが、俺はその手を掴み離さない。


「もっ、もう良いであろう……」


(良いわけあるかっ! どれだけしんどい目にあったと思っている! 一日中、森の中をヘロヘロになるまで歩き回ったのも、猪にボロボロにされながらも採取を諦め無かったのもこの時の為だっ! 少し舐めたぐらいで満足する訳あるかっ!)


「ダメです」


 そう言って俺は逃れようとするエリーナの手を強く握りしめ、人差し指を咥えた。


「こっ、こらっ、誰がそこまでして良いと言った……」


 エリーナの言葉を無視して俺は咥えた指を舌を使い舐め回す。

 舐めながらエリーナの様子を伺うと顔は赤くなり、僅かに息遣いも荒くなっていた。


「もう……もう、良いであろう……んっ、」


 俺は段々興奮してきて更に中指も口に咥え音を立てながら舐め回した。先程まで俺から逃れようと力が入っていたエリーナの手から力が抜けて行くのが分かった。


「あっ……やめい……それ以上は……ぁんっ」


 これ以上は俺が我慢出来なかった。指から口を離し、エリーナを抱き寄せた。

 そして顔を赤くし、少し涙目になったエリーナの唇にキスをしようとした……のだが……


(あれ……? 急激な眠気が……)


「ふぅ……危ない所じゃったわい……」


 その一言で俺は察した。


(このアマ……手に眠り薬……塗って……やがっ……)


 そこで俺は意識を失った。

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