第36話 旅
心地よい疲れの中、布団に包まる俺の横にエリーナもまた俺の腕を枕にぐったりと横になっていた。
この世界に転生し、初めて見た瞬間に言葉を失うほど美しいと思えた女性が今、俺の腕の中にいる。これ以上に幸せな事があるだろうかと思いにふけっていると、エリーナが話しかけてきた。
「のう、クライドよ。主はこれからどうするつもりなのじゃ?」
そう言えば、これからの事なんて全く考えて無かったな……。薬品の作り方も覚えてこの世界で生きて行ける最低限の事は教えてもらった。
そしてそれは俺がこの家に居られる期限が来てしまった事を意味していた。
「えっと……出来ればこのままエリーナと一緒に暮らして行きたいと思ってるんですが……」
「別にそれでも構わぬが、主は何かやりたい事はないのか?」
あっさりとこれからも一緒に暮らせる事許可されてしまった。ただ今更お互い離れる選択肢など無いと取れないだろう。
(それより俺がこれからやりたい事? うーん……なんだろなぁ?)
「あっ!! 可愛い女の子侍らせてハーレム作りたいです!!」
「お主……この状況でようそんな事言うたな……」
少し怒ったような顔でエリーナは俺の腹をつねった。
(いでででっ、ああああああああぁぁぁっ!! しもたぁあ!! エリーナを抱いた安心感で本音と欲望がダダ漏れてしもたぁあ!!!)
「ごめん、いや、違くて俺はエリーナさえいてくれたらそれで良くて、別に他の女性を抱けなくてもエリーナだけ愛せたらそれで良くて……」
「くくくっ、実にお主らしいのぉ。別に他の女子を侍らせたいと思うておるなら別に構わぬ。好きにすれば良い」
(えっ? はっ? いいのかよっ!! なんか許されたっ!!)
「嫌じゃないのか?」
「まぁ、わっちの事をぞんざいに扱って他の女に現を抜かすようであれば面白くはないがの……」
「無い無い無い無いっ!! もう、本当に俺はエリーナ一筋だから! エリーナより良い女性なんて存在しないからっ!」
「ほう、流石今しがた抱いた女の前で他の女を侍らせたいとのたまう男の言葉は説得力が違うのぅ」
「うわああああぁぁぁぁ!! ごめんて! だからごめんてばぁ!」
許されて無かったっ!
「ふふっ、冗談じゃ。主をからかうのはなかなか面白いのぅ」
(うーん、このからかい上手のエリーナさん)
「あっ! そだ、やりたい事ありました! 旅です。この世界を旅してみたいです!」
「ほう、旅か……うむ、なかなか良いかもしれんの」
「師匠は旅好きなんですか?」
「いや、わっちは外を出歩くより家の中で本でも読んでいた方が好きかの」
「ん? あれ? じゃあ、なんで旅をいいかもって言ったんです?」
「旅をすれば様々な出来事が起こるであろう? そこで主がどの様な事を思い付き、どんな行動を起こすか。それを見てみたくての」
「いや、普通っすよ! 旅したからって特別な事が起こるとも限らないし、俺が思い付く事なんて誰でも考え付くような普通の事ばっかですよっ」
「はんっ! 主がその辺にる凡庸でつまらん男であれば今、隣にわっちはおらぬわ」
(えぇ……どゆことぉ? 俺普通じゃ無かったの? 健全な男子諸君であれば絶世の美女を前にしたら抱きたいと思うだろ? 口説くだろ? 下着も盗みたくなるだろ? 違うのか?)
きっと俺が異世界から来た人間であるから、こちらの世界とは考え方が違う為、その様に非凡に見えるのであろう……。
(ねっ? 俺、変じゃ無いよね?)
俺が頭を抱え、『普通とは?』と普通の定義について思考の迷宮を彷徨っていると
「……ムニャ……ん?あれ?エリーナ、クライド目を覚ましたの?」
とシルフィーの声がした。
「あれ?シルフィー、なんで師匠の部屋にいんの?」
「なんでって、クライドがなかなか目を覚まさないから心配でエリーナと様子をみてたんじゃないかぁ」
「あれ? 俺そんなに寝てたのか? 心配かけてすまなかったな」
「薬を完成させたと思ったら急に倒れ込んじゃって……エリーナ顔真っ青になってたんだからっ……ってあれ? なんで二人とも服着てないの……?」
「なんでってそりゃ人間様の愛の営みってヤツをだな……」
(ん? 待てよ……シルフィーが寝てる横でやっちゃってたって事か? なんだよっ、それ知ってたら背徳感や罪悪感とやらでもっと興奮したのにっ! よし、今からでも遅くない)
「なぁシルフィー……もっかい寝てくんね?」
「はぁ? ずっと心配してたのにその扱いは酷くない? それにエリーナもずるいよっ! ボクだけ除け者にして!」
「ずるいとは何じゃ。主まで人聞きの悪い事言うでない。褒美の件で約束を守ったら流れでこうなってしまったのじゃ」
「いや、待て、待ってくれ。シルフィー、今の発言……除け者ってお前、それ俺に抱かれたかったみたいに聞こえるけど……?」
そう尋ねるとシルフィーは暫く黙り込む。
「うぅっ……そうだよっ!! 悪いかっ」
と若干怒り気味に答えた。
「いや、全然悪かねーけど、俺の事そんな風に想ってたなんて気が付かなくて、すまなかった」
「クライド、普段は馬鹿で変態なクセに、でも、夢中になれるもの見つけた時は顔付きが変わって真面目な顔になって、こないだも魔獣をボロボロになりながら倒した姿が格好良くて……そんなクライドいっぱい見てきて……それで……すっ……好きになっちゃったんだよぉ!!」
「おい、ちょ、泣くなって! 俺の事好きになってくれた事は素直に嬉しいし、そりゃ俺もシルフィーの事は可愛いなとは思っちゃいるけど、体格差はどうしようもねぇだろ?」
そう言うと今度はエリーナが飛んでもない爆弾発言を投下した。
「それはシルフィーが身体の大きさを変えれば良いだけの話であろう?」
「はいぃぃい?? ちょっと初耳なんすけど? シルフィー、お前大きさ変えられんの?」
「妖精と言うのはな、至極簡単に言えば魔力の塊に命が宿った様な物での、その実体は有って無い様なもんなのじゃ。故にその姿も自由に変化させる事が可能なのじゃよ」
「マジかっ! てかシルフィー、なんだってそんな大事な事黙ってたんだよっ」
「だって言えば絶対酷い事されると思ったんだもんっ」
「いや、紳士的な俺が酷い事なんかする訳無いだろっ」
「したじゃろうのぅ……」
「うんっ、絶対したっ!」
「うーん、したかも……」
こればかりは何もしなかったと言える自信が無かった。そんなやり取りをしているとエリーナが起き上がり、服を着始めた。
「あれ? エリーナ、どこに行くつもりだ?」
「シルフィーをこれから愛でるのであればわっちは邪魔であろう? ちと火照った体を冷ましに散歩でもしてこようと思うての。わっちの事は気にせず楽しむが良い」
(はぁ? 何言っちゃってんの? ここはどう考えたって三人仲良くだろっ!!)
俺は起き上がり、ベッドから立ち上がろうとするエリーナの手を掴み引き留める。
「エリーナも一緒に楽しみましょう」
「はっ? 主は何を言うておるのじゃ? そんなもの断るに決まっておるっ! 手を離すのじゃ 」
俺の手を振り払い、立ち上がろうとするエリーナを後から抱きしめ、耳元で囁く。
「逃がしませんよ……」
それから俺達は朝日が登るまで愛し合った……。
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