第35話 命尽きるまで……


「……ん? あれ? どこだ、ココ?」


 目が覚めるといつもと違う感覚に違和感を覚えた。いつもよりフカフカな寝心地とほのかにミントの様な香りがする。


「なんじゃ……もう起きてしまったのか……」


 隣を見るとそこにはエリーナがため息混じりで残念そうにしていた


「えっ? なんで師匠が隣に? もしかして……ココは師匠の部屋!?」


 実はエリーナの部屋にはこれまで立ち入った事が無かった。入室は堅く禁止されていたし、何より結界の様なものを張られていた為だ。


「はぁ……そのまま寝ておれば良かったものの……」


「あっ! ご褒美の件っ! もしかしてこのまま寝かせて済まそうと思ってたんですか?! ずりぃ!」


「ずるいとは人聞きの悪い事言うでない。じゃから……いや、主は起きたばかりの所で申し訳ないが、わっちはもう寝る! 良いか? 絶対にわっちに触れるなよ」


 そういうとエリーナは枕元に腰掛けながら読んでいた本を閉じ、ベッドの横の机にその本を置くと、明かりを消して俺の隣に背を向け布団に潜り込んだ。


 部屋を照らす明かりは窓から射し込む月明かりだけとなった。


 いやいや……


(いやいやいやいや!! 無理でしょ? この状況で何もしないなんて有り得ないでしょ!?)


 すぐ手が届く隣にはいい香りがする寝間着姿のエリーナが居るのだ。しかも俺は目が覚めたばかりで、これからまた眠れるような状態でも無い。


(これで何もしないなんて去勢された犬でも無理だろっ!)


 先ずはエリーナがどんな反応するか確認してみたく彼女の肩にそっと手を置いてみる。が、その手は軽く振り払われた。


「何もせぬはずでは無かったのか? 主は己が言った言葉でさえ守れぬ様な男なのか?」


 と言葉が返ってくる。


(確かに何もしないとは言った……言いはしたがここで何もしない男なんておる?)


「師匠、すいません……一度だけ自分の言葉を撤回します」


 そう言って再びエリーナの肩を先程より少し力を込め引き寄せ、仰向けにし、その上に跨った。


 エリーナは激しく抵抗する様子も無く、月明かりで微かに見えるその目は少し潤んでるようにも見えた。もしかするとこうなる事は予想していたのかもしれない。


 だいたいエリーナだって世間知らずのお嬢様って訳じゃ無い。むしろ四百年も生きてこの世界の酸いも甘いも知り尽くしてる様な女性だ。大人の男女が同じ寝床を共にすればどうなるかなんて想像出来るだろう。


 もしかしたらこうなる事を期待してたんじゃ無いか?


 そう、そもそもだ、今俺がこうして起きている事がおかしな話なのだ。


 エリーナほどの薬の知識を持って入れば朝方まで眠らせて一夜を過ごした事にするなんて造作も無い事だろうし、本気で拒絶するならば今直ぐにでも俺を眠らせる事も可能だろう。


 それに俺が目覚めた時に香っていたミントの様な匂い……


 俺だってこれまで伊達に薬品の調合をやってた訳じゃない。あれは間違いなく『目覚まし草』の匂い……


 そう、エリーナは寝ていた俺を起こしたのだ。何の為に? それはエリーナも俺を受け入れるつもりだったからじゃ無いのか?


 俺はエリーナの唇に向け顔を近づける……


 が、エリーナは両手で俺の頬に手を当てその動きを止めた。


「主は……主はわっちを置いて行ったりせぬか……?」


 俺は知っている。エリーナは一人を、孤独を極度に恐れている事を。


「勿論です。俺は自分が老衰で命尽きるまで師匠の傍にいます」


「クライドよ……」


「はい」


「師匠では無く……名で……呼んでくれぬか……?」


「あぁ、エリーナ……愛してる……」


 そう告げると俺の頬にあてていたエリーナの両手から力が抜けて行くのが分かった。そしてエリーナの唇と俺の唇が交わった……

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