第20話 エリーナの憂鬱Ⅲ


 そしてまた一緒に夕食を食べる。服の礼にと豪勢な食事が並ぶ。

 会話も弾み、やはり一人で食べるより美味しく感じた。


 そしてまた風呂に入る。多少クライドに気を許したとは言え、この男は助平だ。入る前に厳重に注意したが、入浴中は気が落ち着かなかった。


 風呂から上がると意外にもクライドは大人しく本を読んでいたが、どうにも信用ならない所がある。

 本を読むふりをしてまた良からぬ事を考えていたのではと問うと、真面目に読んでいたと答える。


 ならば指定した薬草を採取出来るかと訪ねた所、思わぬ返事が返ってきた。

 採取出来たなら褒美が欲しいと。その褒美とは手を舐めたいと……


 心底気色が悪いと思った。


 少しでもこの男に好意の様な物を抱いた自分が馬鹿だと思った。

 受けるつもり等全く無かったが失敗すれば直ぐにでも出て行くと言ってきた。


 そこまで言うのであれば受けない訳にも行かない。弟子になる事を諦めさせ、またこれまで通りの生活に戻れる好機でもあった。


 指定した薬草は少し難しめの薬草を選んだ。この辺りの森と植物の特性を余程詳しく知らねば中々採取困難な薬草である。

 多少、図鑑を読んだくらいではそう簡単には見つけられまい。


 そう思う反面、失敗してクライドが出て行く事になった場合を思うと寂しさを覚えた。

 なんだかんだと騒がしい男ではあるが一緒に過ごした時間はそう悪い物でも無かった

 ……


 翌日は追い出すように採取に向かわせてしまった。売り言葉に買い言葉では無いがついムキになってしまった。

 その日は自分も薬草採取に向かう予定だったが食料も持たせず採取に追い出す様に向かわせてしまったため心配であった。


 この辺りの魔物は一通り狩り尽くしてあるものの何かあれば対応出来る様にしておこうと思った。

 森で迷ったりしてないだろうか? 崖から足を滑らせて怪我などしていないだろうか? 何故だかクライドの事が気になって薬品の調合に中々集中出来ずにいた。


 そんな中クライドが突然帰ってきた。まさかもう採取してきたのか? にしてはあまりにも早すぎる。何か問題でもあったのかと思ったが、なんと妖精を捕まえたので隷属の契約をしたいから戻って来たとの事だった。


 全く予想外の出来事だ。妖精などそう滅多にお目にかかれる様な生き物では無い。見かけたとしても警戒心の強い妖精が人間に捕まるなどそうそうあるものでは無い。

 が、その妖精をよく見るとデッドスパイダーの糸に絡まっていた。


 なるほど、なんとも間抜けな妖精だ。


『しかし良いのか? こんな事をしてて。 まだ採取は終わっとらんのじゃろ?』


『はい、直ぐに採取に戻ります! でも後は幻想茸だけなので何とかなると思います』


 驚いた。


 妖精を捕まえて来た事よりも四種の薬草を既に採取していた事に驚きがあった。


 確かにこの辺りで採取可能とは言っても生息場所はそれぞれ決して近い場所にまとまって

 生息している訳では無い。


 それぞれ異なる生息場所で距離にしてもかなり離れた所に生息している。多少、薬草採取の経験があった所でそう簡単に採取出来るはずがないのだ。


 なにか悪知恵でも働かせ、不正でもしたのでは無いかとそう思いクライドの姿を良く見てみると、先日買い与えた服は既に泥だらけになっており、靴もボロボロであった。


 それを見て理解した。この男、必死に森を駆け回っていたのだと。


 懸命に真面目に採取していたのだと。


 クライドを疑った自分を恥た。


 そして、これだけボロボロになりながらも辛そうな顔一つせずに、楽しそうにニコニコ笑うクライドの顔に心が引かれた。


 妖精との契約を済ませ、幻想茸の採取に向かおうとしていたクライドに食料の入った袋を渡す。


『師匠のこういうとこ、本当に大好きですっ!!』


 全身の体温が急激に上がった感覚に陥る。心臓の鼓動が激しく動き回る。


(あぁ……自分はこの男に心を引かれてしまっているのか……?)


 クライドの笑顔が孤独で乾いていた心を麗してくれる。もっと一緒に居たい。これからどんな突飛なことをするのか見てみたい。そう思っていると


「どうしたの? 顔真っ赤だよ?」


 と妖精が話しかけてきた。


「べっ、別に何でもないわい。それより主、名はなんと申したかの?」


 いやいや、一度落ちつこう。これまで一人で暮らしていた為に人恋しくなっただけであろう。出会って間もない男に直ぐに好意を持つほど自分は軽い女ではない。


「ボクはシルフィーだよ。あなたは?」


「わっちはエリーナじゃ。主も難儀じゃったのう」


「ホントだよっ! このボクを鳥の餌にしようとしたんだよっ! 酷いと思わない!?」


「まぁ、あやつの考える事はわっちにも分からんでのぅ。蜘蛛の餌にならなかっただけ良かったと思うしかあるまい」


「うぅっ……、そう言えばエリーナはクライドとどういう関係なの? 恋人? 夫婦?」


「ふんっ、冗談では無い! あやつはただの居候じゃ!」


 そうは言ったものの突然のシルフィーの質問に動揺した。確かに一つ屋根の下に男女が二人で暮らしているのだ、傍から見れば特別な関係と思われても仕方の無い事だ。


「ふーん、でも好きなんでしょ?」


「何故そうなるのじゃ?」


「だって嫌いな人とは一緒に住んだりしないじゃない」


「いや、まぁ、確かにそうじゃが……」


 クライドが自分に好意を持ってくれているのは素直に嬉しい。嬉しいが、じゃあ本当に自分はクライドの事が好きかと言われれば……


 分からない。自分の気持ちが分からない。


「へぇー、エリーナはあんなのがいいんだぁー。趣味わるー!」


「ぬし……鳥の餌になれば良かったのぅ」


 何故かシルフィーの言葉に腹立たしさを覚え思わず睨みつけてしまった。


「あわわっ! ボクはほらっ、無理やり隷属の契約させられちゃったり、鳥の餌にされそうになったから……だから機嫌悪くしないでっ 」


「冗談じゃ。まぁ、確かにあやつは碌でもない奴じゃしのぉ……」


 クライドに対しての感情は一先ず置いておく。時間が経てば気持ちも整理出来るであろう……


 しかし、あの男を拾ってから急に騒がしくなったものだ。そう思いながら、このお喋りな妖精との会話に適当に相槌を叩き薬品の調合に戻る事とした。


 それにしてもクライドは本当に日暮れまでに指定した薬草の採取を終え戻って来るのだろうか?

 採取して戻って来た場合、褒美と称して手を舐めてくるだろう。


 そしてあの男がそれだけで満足するだろうか? もしかすればそれ以上を求めて来る可能性もある。


 勿論そんな事になれば抵抗はするだろうが……


「念の為に準備だけはしておくかの……」


「えっ? なんの話?」


「いや、何でもない。こっちの話じゃ」


 自分の周りを興味深そうに眺めながら飛び回る妖精を横目に万が一の可能性を考慮し準備をしておく。


 外を見れば日暮れが近づいていた……


 採取の成果より、とりあえず無事に戻って来て欲しかった。

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