第19話 エリーナの憂鬱Ⅱ
そしてその日は彼が夕食を作った。これ迄一人で暮らしていたため料理も腹に溜まれば何でも良くなり毎日同じ様な食事となっていた。そんな毎日の食生活の中で彼の作った料理は美味しかった……
更に食事時に会話する相手がいる事が久しぶりの事であった。会話も弾み、いつの間にか昔の話をしていた。
『寂しくありませんでしたか?』
ふと投げかけてきた彼の質問に心が揺さぶられた。
それは忘れていた感情。いや、忘れようとしていた感情。心の奥底に仕舞い込んで封印していた感情だった。
自分は人の醜い部分を見すぎていた。だから人との関わりを避けようと思った。山奥に一人で暮らす様にした。それで良かった。良かったはずなのに……
忘れていた感情が蘇る。風呂に入って冷静になろうと思った。彼に風呂に入ると告げた時だった。彼の目に邪な光が灯ったのが分かった。嫌な予感がした。
最大限の警戒をし、風呂に入る。魔力探知で彼の行動を監視すると脱衣場に来たのが分かった。覗きにでも来れば殺すつもりだった。が、そこからのから動きが無い。目的は何だ?頭を回転させる。
そして気付いた。彼の目的は自分が身に付けている魔道具であると。身に付けている魔道具は街に行って売ればかなりの大金になる物がある。それが目的なのだと。
少しでも彼に気を許した自分に後悔しながら浴室の扉を開くとそこには下着を持ったクライドがいた……
呆れた。ただただ呆れた。この男……阿呆だ。ただの助平な阿呆なのだとそう理解した。
追い出すべきだと思った。だが一方で暫く家に置いておくと言った手前、仕方無く面倒はみることにした。
次の日は薬品の販売で商人と会った。クライドは着の身着のままであったため商人に男物の服は無いかと訪ねると丁度衣類を売ってるとの事で、見せてもらう。
男性の服など買った事が無かったため、非常に迷った。どんな服が良いだろうと考えていたが、ふと何だか気恥ずかしくなり適当に見繕って購入する事とした。
商人が不思議そうな目でこちらを見つめていて少し気まずかった。何故あの男の事でこんな思いをせねばならんと急に腹立たしくなった。
その反面、自分にもこんな感情があったのだなと不思議な気持ちになった。あの男と出会ってから忘れていた様々な感情が呼び起こされる。
家に帰るとクライドが本棚にしまってあった自分の事を題材にしてある本を裸で読んでいた。
丁度良いと買ってきた服を渡そうとした所、急に飛び付いて来たので鉄拳制裁を喰らわせてやった。
うむ、こやつはやはり阿呆じゃ。そう思う気持ちとは裏腹に、心臓の鼓動は早くなっていた……
落ち着け……落ち着け……
クライドが洗濯物を取り込みに行ってる間にクライドが読んでいた本を手に取る。自分でも存在を半ば忘れかけていたその本。
懐かしい……昔の記憶が蘇る。辛い事が多かった反面、楽しかった思い出もあった。
特にクライドの突飛な行動はハイデッカに良く似ていた。阿呆なのに何故か憎めない、初恋の相手に……
(いやいや! 断じて似ていない! 同じであろう筈が無い! あんなひ弱そうな男が英雄と呼ばれたハイデッカと似てるはずが無い!)
そう、あやつはただの阿呆だ。落ち着け……落ち着け……
洗濯物を取り込みクライドが戻ってくる。
『あっ、すいません! 勝手に読んじゃって……それに読んだままで片付けてませんでした』
『別に構わん。それよりぬしはこの話を読んでどう思ったかの? ぬしはわっちの事怖くはないのか?』
物語の感想を聞いてみた。国を滅ぼすような魔女に恐れはないのか? と。
『……師匠は優しい人ですから』
思いもよらぬ答えだった。自分の事を優しいと言ってくれた人などいなかった……いや、一人だけいた……マキシム……
『あと……師匠は死んでしまった王子様を本当に愛してらっしゃったんだなって』
愛していたとは少し違う。マキシムは自分には勿体無いほど良い男だった……これからという時だった。これから愛を深め合うはずだった……
いつの間にか自分の過去の事をクライドに話ていた。久しぶりの話し相手が出来たからか、この男の不思議な魅力なのか、自然と語りだしていた。
マキシムも良く自分の話を静かに聞いていてくれた……優しい目で、慈しむ様な目で……
そう目の前のクライドの様な目で……
だが昔を懐かしんだ所で過去には戻れない。ハイデッカ達と冒険して楽しかった日々もマキシムの優しさに包まれていた日々ももう戻って来ない……
寂しさだけが募る……不老不死のこの身体を何度も呪った……自ら命を絶ってしまおうかとも考えた……
だが出来なかった……
だから忘れようと、全ての感情を心の奥底にしまい込み封印した。本も燃やしてしまおうと何度も思った……
だが出来なかった……
『破滅の魔女』が聞いて呆れる。自分はただの弱い女なのだ……
寂しい……辛い……苦しい……悲しい……
そんな感情が心の中から溢れ出てきた。
そんな時だった。
『師匠、ちょっと怒らないで下さいね……』
クライドは立ち上がり椅子に座る自分の後ろに立ち、背後から抱きしめられた……
『なんの真似じゃ?』
『わかりません、ただこうしたかっただけです……』
振り払おうかと思ったが抱きしめられている間、心の中から溢れ出していた寂しさが、辛さが、苦しさが、悲しみが消えて行くのを感じた。
この男と一緒に暮らすのも悪くないかと思えた。
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