第6話 二冊の本


 翌朝、俺は相変わらずの縛りプレイの中、目を覚ました。


 なんと清々しい朝だろうか。思い返すと昨日は色々な出来事があった。餓死したかと思えば天界で女神様の乳を揉み、その女神様から平手打ちを喰らったかと思えば異世界に飛ばされ、転生したかと思えば絶世の美女に出会い、更には家に招待までされ、ご褒美を頂き、更に更に縛りプレイまでのフルコースだ。これ程充実した一日があっただろうか? いや無い!


 いや、別に俺はSっ気やMっ気がある訳では無い。相手がエリーナだからこそご褒美と思えるのだ。


 そんな昨日の幸せを思い返していると、寝室の扉が開きエリーナが出てきた。


「あっ、師匠っ! おはようございます!」


「ぬぬっ! 何故ぬしはその状況で朝から元気なのじゃ?」


「師匠と同じ屋根の下で一晩過ごせたのです! 元気なのは当然じゃないっすか! それより朝食の準備をしたいので縄を解いて頂きたいのですが……」


 はぁと溜息を吐きながらエリーナは縛っていた縄を解いてくれた。


 しかし朝食を作る前にある問題が発生していた。


「あの……師匠、御手洗は何処でしょか?」


「あぁ、スマぬな。その扉の向こうじゃ」


 そう言ってエリーナは浴室の隣にある扉を指差した。


「ちょっとお借りしますね。」


 そう言って俺はトイレで用をたした。


(ふぅ、スッキリだ。しかし、トイレの仕組みはどうなっているのだろうか?)


 何気無い疑問が頭をよぎり便器の奥を覗き込んでいると何やらウネウネと動いている物が見えた。


「うぎゃー!!!」


 慌ててトイレから飛び出す。


 そんな俺の様子を見てエリーナも慌てた様子で俺に声をかけてくる。


「なんじゃ!? どうしたのじゃ? 何があった?」


「べべべっ、便器の奥になんか変な生き物ががががっ」


 そう俺が答えると呆れた様子で


「なんじゃ、そんな事か。それはスライムじゃ。排泄物を喰ろうてそ奴等は生きとるんじゃ。ぬしの身体の記憶にもそれぐらいあるであろう?」


 そう言われて俺は自身の身体の記憶を探る。


(ん? ……あっ)


 言われた通りトイレに関する記憶があった。この世界でのスライムはどの家庭でもトイレに住み着いており、排泄物をエサとして生きている。なんて便利な生命体だろうか。


 しかし、そのままにしておくとドンドン増える一方なので家の外にあるトイレと繋がっている穴から増えたスライムを取り出す。

 取り出したスライムは水に付けておけばエサとなる養分が無くなり勝手に死滅するという流れのようだ。


 いやはや、あの彼はこの世界のスライムに転生しなくて本当に良かったなと心から思った。


 トイレでの一騒動はあったものの、その後は手際良く朝食の準備をし、出来た朝食をテーブルに並べる。

 昨晩の夕食時と同じように向かい合わせで座り食事をとる。


「それで師匠っ、今日はどのような予定となってるんですか?」


「今日は薬品を商人に売って、その商人に頼んであった食材や品物を買って帰る予定じゃ」


「それならば是非ご一緒させて……」


「却下じゃ!」


(はえーよっ! 拒否り方のスピード! せめて最後まで話を聞いてくれよっ。全く可愛いからって調子に乗りやがって! 可愛いだけで何でも許されると思ってんのかっ!?)


 ……


(許すけどっ!!!)


「えーっ、そんなぁ」


「まだぬしの事を信用出来んからのー、それにぬしを連れて行けば妙なトラブルに巻き込まれそうな気がするでの」


(なんてこったい!まだ何もしてないのにトラブルメーカー認定だよっ!)


「仕方ないですね……掃除でもしながら留守番するとします」


「そうしてくれ。あっ、この家から出て行ってくれても良いのだぞ」


「それはこちらが却下です。まだ師匠から何も教わってませんしね」


 確かに俺はエリーナに一目惚れして今ここに居るのだが、魔女としてのエリーナの知識にも十分に興味があった。薬草や薬の知識等、前世では全く触れてこなかった分野であったし魔法についても色々と教えて欲しかった。


 朝食を済ませるとエリーナは身支度を済ませ、家を出ようとしたが扉の前で一旦立ち止まりこちらを振り向いた。その何気無い姿もまた様になっており思わず見とれてしまった。


「言い忘れておった。良いか? 留守の間この家にある薬草や薬品には絶対に触れるでないぞ! 下手すれば死ぬからの」


「俺の事心配してくれてるんですね。大丈夫です、それくらいの常識は身に付けてるつもりですよ」


 ここに来た時にエリーナがどうやって生計を立ててるかの話は聞いている。ここにある薬草や薬品は言わば仕事道具である。


 そんな大事な商売道具を何も知らない人間が荒らすような真似をしてしまえばどう思うかなど、前世でサラリーマンをやっていた自分は十分に理解出来る。


 そんな事より、その薬品の危険性をきちんと教えてくれたエリーナの優しさに俺は心打たれた。


「べっ、別にぬしの心配などしておらんっ! 下手に触られて調合が失敗したらわしが困るから言うておるだけじゃ!」


 それだけ言うと「バタンっ」と勢いよく扉を閉めてエリーナは出かけて行った。


「案外、可愛いとこあるなぁ……」


 エリーナが出ていった後の誰もいない扉を見つめながらそう呟いた。


 さて、何から手をつけようか?


 やるべき家事はいくらでもあったが、まずはやはり朝風呂である。不潔な男はモテないのだ。 昨晩は縛られてしまっていたが為にお風呂に入れなかった。


 浴室へ向かい水の有無を確認すると浴槽には水が溜まっていた。

 冷たい水風呂だったがお湯を沸かす術を知らないのでそのまま冷たい水で体を洗う事にした。


 お風呂から出るとその残りの水で洗濯をする。しかし、今着ている服以外に着替え等持ち合わせていない為に全裸で洗濯する羽目になった。


 洗濯終えると腰に布一枚巻いただけの姿で洗濯物を庭に干す。人里離れた森の奥、人目なんか気にする必要は無い。


 洗濯が終われば部屋の掃除だ。日本人だった俺には靴のままの生活がどうにも慣れなかったがここはもうつべこべ言っても仕方ない事ので諦める事にした。畳がちょと恋しくなった。


(まぁ、前世で住んでた部屋は全室フローリングだったんですけどねっ!)


 一通りの家事を済ますとお昼になっていた。お昼ご飯をとも思ったが家主のいな家で自分だけ勝手に食事をするのもどうかと思った為、抜く事にした。今更一食抜いた所でどうと言う事も無かった。伊達に餓死していないのだ。


 お昼ご飯という言葉でふと前世で好きになった定食屋の子の事を思い出した。結局あれから二度と会うことは無かった。

 人を好きになったのはこれで二度目だが、エリーナと彼女とでは同じ好きでも何か違う気がした。が、どう違うのか分からない。


 ただ、まぁ今は異世界に来て彼女とはもう二度と会うことも無いし、あれこれと考えても意味のない事だ。


 俺はそれから部屋の中を見渡し本棚に目を向けた。

 魔法に関する本や薬草辞典に動物、昆虫図鑑、魔物に関する本や薬の調合に関する本など様々な種類の本が数多くがあった。


(……ん?)


 どれも難しそうな本ばかりの中、ふと二冊の本に目が止まった。


 一冊は『破滅の魔女の物語』もう一冊は『英雄ハイデッカの冒険譚』という物語の本だった。


(これなら俺にも読めそうだな……)


 俺はその二冊を手に取りテーブルに置き、椅子に腰掛け、『破滅の魔女の物語』を手に取り読む事にした。


 ちなみに書かれている文字はこの身体の記憶のおかげで読む事が出来た。薬物の本や、魔法の本は難しい文字が多く使われており、この身体の記憶を持ってしても読めない所が多くあった。


 本の内容は「むかしむかし……」と言う出だしから始まっていた。

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