第33話 破門
パシーーーンっ!!
辺り一帯に乾いた音が響き渡る……
突然の出来事に何が起こったのか理解出来ずにいた。
「ちょっ、ちょっとエリーナっ! いきなり平手打ちなんてどうしたのさ! クライドは怪我してるんだよっ!」
「シルフィー、主はちと下がっておれ……」
エリーナは静かにそう呟く。
「えっ? でもまだ治療の途中だよっ」
「良いから下がっておれっ!!」
今度は怒気を含んだ強い口調でそう言い放った。そして俺の顔を睨み、また静かにそれでいて感情を押し殺した様な声で問いかけてきた。
「のう、クライド。わっちは主に魔獣の気配を感じたならばどうせよと言うたかの?」
「えっ……それはその……」
エリーナは俺が忠告を無視し、勝手に魔獣と戦った事に対して怒っている様であった。
「答えよっ! クライドっ!! わっちはなんと言うたっ!?」
「逃げろと……」
「ならば何故逃げなんだ? 何故戦うた? わっちの言うた事は守れぬという事か?」
エリーナがここまで怒りをあらわにする所を見たのは初めての事だ。
「であればわっちはもう何も言わん! 主の好きな様に生きるが良い! その代わり破門じゃっ!! 今すぐわっちの前から姿を消せっ!」
「破門って……いや、ちょっと、ちょっと待って下さい! 確かに師匠の言い付けを守らなかった事は謝ります。でも俺だってこの数日間で成長したんです! 以前の俺とは違うんです! 実際、魔獣相手にだってあと少しで倒せたんです」
「多少、魔力操作を覚えた位で自惚れるなよ、クライド……あと少しで倒せただと? 笑わせるな! わっちが間に合っておらねば主は死んでおったのだぞっ!!」
そうかもしれない……だが、その通りであっても、例え死んだとしても戦う理由が俺にはあったんだ……
「確かに師匠に助けて貰わなければ死んでいたと思います……でも、それでも俺は師匠にいつまでも情けない男だと、頼り無い男だと思われたくなかったんです! 俺は……師匠の……エリーナの横にいても恥ずかしくない男で在りたかった。逃げれば情けない男のままで、エリーナの横にいるのが相応しくない男になってしまう気がして……だから逃げたく無かったんだ……」
静かに俺の言葉を聞いたエリーナは「ふぅ……」と大きな溜息をつくと先程とは違い、落ち着いた口調で話し出した。
「主はちと勘違いしておるようじゃのう……」
勘違い?
「わっちが腹立たしいのはな、ぬしがわっちの言い付けを守らなかった事に対してでは無い。己が命を粗末に扱った事に対して腹が立ったのじゃ」
「粗末って、そんなつもりじゃ……」
「わっちはな、 これまで己の力を過信し相手との力量を見誤り命を落として行く若者を数多く見てきた。それだけでは無い。己の誇りの為にと、国の為にと無謀な戦いに挑み命を落とした者も何人も見てきた……わっちは人より長く生きてる分、人の死を多く見てきたのじゃ……そうやって縁のあった者や親しき者の死を見送る度に一人置いていかれた気になっての……」
寂しそうに語るエリーナを見てようやく俺は自分がしでかした愚かさに気付いた。
「主もまたこれまでの者達の様にわっちを置いて行くつもりなのかと思うたら無性に腹立たしくなっての……」
あぁ……俺は聞いていたはずじゃないか、エリーナの過去を……
見たはずじゃないか、あの寂しげで悲しげな表情を……
知っていたはずじゃないか、エリーナの孤独を……
半ば強引に押し掛け、エリーナとの縁を持ったのは俺からじゃないか。それなのに勝手に魔獣と戦い、死んでしまえばエリーナの悲しみを増やすだけで……それは余りにも無責任じゃないか!
「何故そうまでして皆死に急ぐのじゃ? わっちはもう置いて行かれたく無いのじゃ、取り残されるのが嫌なのじゃ、一人になるのが怖いのじゃ……頼り無くて何が悪い? 情けなくても良いでは無いか! 生きていればこそであろう? 」
そうだ、エリーナの横にいるために必要なのは強さなんかじゃ無い。必要なのはずっと傍にいて寂しい想いをさせない事だったんだ。
「クライドよ……わっちを……わっちを一人置いて行かないないでおくれ……」
そう言ったエリーナの目からは一筋の涙が零れ落ちていた……
その涙を見て俺の胸は締め付けられる様な苦しさを覚えた。思わず立ち上がり、エリーナを抱き締める。
「すいません……すいません……今後二度と、二度と命を危険に晒すような真似はしません……師匠を置いていく様な事は絶対にしません……」
エリーナもまた俺の背中に手を回し、小さく震える様な声で呟いた……
「本当に……本当に無事で良かった……」
その一言でエリーナがどれだけ俺の事を心配していたかが分かり嬉しさを感じると共に、心配をかけさせてしまった自分の身勝手さを大いに反省した。
俺も泣いていた……
二人抱き合い静かな時間が流れる……
その静寂を破ったのは
「えっと……怪我の治療はいいの……?」
というシルフィーの一言だった。
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