第52話 現実

 洞窟に到着するとそこではエドマンが他の村人達に指示を飛ばしていた。俺はエドマンの所へ向かい状況を確認する。


「離れてしまって申し訳ありません、何か問題はありませんでしたか?」


「おぉ、お帰りなさいませ。怪我人も無く無事ゴブリンは討伐できました」


 そう言ってエドマンが指差した先にはまたもや大量のゴブリンの死体の山があった。

 先程の作業で慣れたとはいえ流石にまたあの量のゴブリンの耳を削ぐ気にはなれない……


 そこで俺はエドマンに事情を話してみる。


「なるほど、そう言う事でしたら村の者にやらせましょう」


「助かります。あっ! そう言えば捕らわれていた女性達は無事助け出せましたか?」


「えぇ……彼女達も眠っていたので荷車に乗せ先に村に戻しました」


「娘さんもご無事で?」


「まぁ……憔悴しきっていた感じではありましたがなんとか……」


 あまり浮かない顔でエドマンはそう答えた。


「しかし、クライドさんのお陰で村の女性達を助ける事が出来ました。本当にありがとうございます」


「村の人達が立ち上がったからこそ救いだせたんですよ。俺はそのきっかけを作ったに過ぎません。それより俺達も何時までもこんなとこにいないで早く村に帰りましょう。娘さんにも早く会いたいでしょ」


「そうですね……では作業の方を取り掛からせるとします」


 そう言うとエドマンは村人に指示を出し耳と武具の回収に当たらせた。


(ふぅ……これで終わったか。特に大きな問題も無く無事終了だな)


 洞窟内部にいたゴブリンには魔石持ちもいたようで村人が死体の処理を終えた際に三つの魔石を渡してくれた。


 これを換金すれば次の街に行った際に食事や買い物が出来る……


 そう、そうだ、そう言えば馬が欲しかったのだ! 村にも馬が一頭だけいたのだが、農作業を手伝ったり街への移動に使う唯一の手段であるため流石に譲ってくれとは言えなかった。馬さえあれば今後の旅で楽が出来る! 次の街では馬を買おう!


 と、そんな事を考えてる間にもエリーナがゴブリンの死体を焼き払ってくれ村へと戻る事となった。


「クライド、なんだか機嫌がいいねっ」


 帰り道でシルフィーが話しかけてくる。


「そう見えるか? うん、まぁそうだな。不測の事態も起こらず怪我人も無く捕らわれていた女性達も無事救出。魔石も手に入って言う事無しだろ。それと今回はお前にも助けて貰ったな、ありがとっ」


「ウンウン、もっと感謝していいんだからねっ! あっ、村に戻ったらどうするの? まだしばらくあの村にいる?」


「いや、村から半日程歩いたとこに『ハウベル』って街があるらしいから旅の準備が出来たらそこへ行こうとかなーって考えてる」


「あの……私はどうすれば……」


 俺とシルフィーの会話を聞いていたミリアが不安そうな表情で俺を見つめる。


「そりゃ勿論俺に付いてきてもらうさ……って言いたい所だけど、どうするかは自分で決めていいよ。村に残るってんならそれでもいいし、もう魔物の脅威は無くなったんだ。好きにすればいい」


「でも報酬が……」


「ここ暫く村に滞在してる間、色々と身の回りの事お世話してくれただろ? それで十分さ。ねっ、師匠っ」


「何故わっちに話を振る? わっちは主のやる事に口は出さん。好きにせい」


「そうですか……少し考えさせて下さい……」


 少し寂しげな表情でミリアはそう答えた。


 確かに名残り惜しい所はあるが長居する理由も無い。次の街にも行ってみたいし冒険者として依頼も受けてみたい。この世界でやってみたい事が沢山あるのだ。


 そうこうしている間に村に到着する。




「いやぁぁぁあああ!!!!!」


 村の入り口まで近づくと中から女性の悲鳴が聞こえてきた。


「ちぃっ……やはりこうなったか……クライドっ! 急ぐぞっ!」


 エリーナの顔は険しく眉間に皺を寄せて恨めしそうな表情になっていた。


「どっ、どういう事です? 何があったんですか?」


「付いてくれば分かる……」


 それだけ言い残しエリーナは村の中へと入って行った。


 エリーナの後を追い村の中へと入って行くと、そこで目にしたのは信じられない様な光景であった……


 それは目が覚めた女性達が状況を把握出来ず混乱しているのか皆泣き叫び、怯えていた……


「いやぁぁぁ!! 来ないでっ! もう許してぇええっ!!」


「助けてっ! 誰かっ! 誰か助けて……」


「おい、俺だっ! 分かるか?」


「嫌ぁあああっ!! もう殺してっ! 私を殺してぇええっ!!」


 女性達の家族がいくら声を掛けても全く聞く耳を持たず、それを振り払い泣き叫び、助けを求める。

 それはまさしく阿鼻叫喚の地獄絵図の様であった……


「なんだよ……これ……」


 その女性達の身体には皆ゴブリンの爪痕だろうか、多くの傷跡があった。


「あは、あはははは……」


 焦点の合わない目で遠くを見つめ、ケタケタと笑う女性に声を掛ける。


「おい、しっかりしろ! もう助かったんだ」


 俺がそう声を掛けても全く反応せず、その女性はただ笑っているだけであった……


 その状況の中、エリーナは迅速に指示を出す。


「怪我人や衰弱している物がいたらわっちが治療する、早急に湯を沸かせっ!! シルフィー! 主も手伝えっ」


「うっ、うんっ」


 これは……一体どういう事なんだ……何が起こっている?


「食料はあるか? ミリアっ! 麦粥を作れっ! 手の空いてる者も手伝えっ」


 いや、こうなる可能性がある事は分かっていた。だが俺はこの世界でそんな事が起こるはずが無いと決めつけていたんだ……


「クライドっ! 主はわっちの部屋にある薬を持ってこいっ!!」


「でもあれは売り物なんじゃ……」


「つべこべ言わず早く持ってこいっ!!」


 俺に指示を飛ばしながらエリーナは衰弱している女性に優しく声を掛ける。


「よう耐えたのぅ、もう大丈夫じゃ安心せい……」


 その女性は身体中傷だらけであり、服はボロボロに切り裂かれ、乳房も丸出しになってしまっていた。もうそれは服と呼ぶには余りにも布地の部分が少なすぎた……


 そんな彼女の女性器に手を当てエリーナは治癒魔法を掛ける。


 彼女の性器は赤黒く鬱血しており、それを見れば洞窟内で何があったかを想像するのは容易たやすかった……


「クライドっ! 何を呆けておるっ!! 早うせいっ!!」


「はっ、はい……」


 エリーナに言われるがまま俺は薬を取りに行く。


 こんなはずじゃ無かった……俺が思っていたのはこんなんじゃ無い……ゴブリンを討伐して、村の皆んなに感謝され……皆んなが笑顔になって……


 どうしてこうなった? どうすれば良かった? 分からない……俺は何か間違ってたのか……?


 まるで野戦病院の様な状況の中で、俺はまだこの目の前で起こっている現実を受け入れる事が出来ずにいた……

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