第53話 絶望


 薬品を取って戻ると状況はだいぶ落ち着いてきていた様だった。


「師匠……薬持って来ました……」


「そこへ置いておけ。主も弱っている者に薬を飲ませてやれ」


「分かりました」


 見渡すと一人の女性が建物の影にうずくまっていた。彼女に薬を飲ませようと近づいてみる。


「許して下さい、許して下さい、許して下さい、許して下さい、許して下さい、許して下さい、許して下さい……」


 目の焦点は定まっておらず、頭を抱え身を震わせ呟く様に同じ言葉を繰り返す……


「あの、お薬持って来ました。飲めば身体が楽になりますよ……」


 薬を飲ませようと彼女の肩にそっと手を乗せる。


「いやぁぁぁああああ!!!! 来ないでっ!! 来ないでっ!! 助けてっ! いやぁぁぁああああ!!」


 俺の手は振り払われ、その拍子に持っていた薬の小瓶を落としてしまう。小瓶は地面で破裂する。


「あぁ……すまない……そんなつもりじゃ……」


「何をしておるっ! どけっ! わっちがやるっ」


 異変に気づいたエリーナが駆けつける。俺を押し退け彼女を落ち着かせなだめると、優しく介抱する。


 その姿はまるで女神の様であった……


 俺はその様子を呆然と立ち尽くし、ただ眺めている事しか出来なかった。


(俺は……俺は……無力だ……)


 浮かれていた。調子に乗っていた。俺はこの村を救ったと思っていた。だが実際はどうだ? 何も成していない。誰も救えていない。ただ無力に立ち尽くしているだけじゃないか……


 絶望に打ちひしがれる中、今度はエリーナの元へエドマンが駆け寄ってきた。


「エリーナ様、少々お話が……」


 そう言ってエドマンはエリーナに近づき耳打ちをする。エドマンの話を聞くエリーナの顔がみるみる曇って行く……


「想定はしていたが……やはり……そうか……。エドマン、案内しろ。それと誰か人を寄越せ、この娘を介抱させるのじゃ」


「分かりました。直ぐに手配致します。ではこちらへ……」


「クライド、主も来い」


「今度は何が……?」


「来ればわかる。クライドよ、この件は主が関わると決めた事じゃ。目を逸らしてはならぬぞ」


 訳も分からないまま俺はエドマンとエリーナの後を付いて行く。


 そんな中、何故か分からないが俺の脳裏にふと魔物図鑑に載っていたゴブリンについての記載が鮮明に呼び起こされた。


【『ゴブリン』

 体格は比較的小柄で力も強く体長は一三〇cm〜一六〇cm程度。常に群れで行動している。】


 エドマンに案内されて着いた先は彼の家であった。寝室へ行くと一人の女性が横になりもがき苦しんでいた。


 彼女のお腹は大きく膨らみ妊娠しているのが見て取れる。


【……知能は高くは無いが、中には人の言葉を話す種がいる事が確認されている。】


「あぁああっ!! 産まれるっ、んぐっ! ぎっあぁあ!」


 産気づき、今にも子が産まれそうな彼女の元へエリーナは歩み寄ると手を取り優しく語りかける。


「大丈夫じゃ、ゆっくり呼吸をせい。そう、そうじゃ……」


 俺はその様子を部屋の隅でただ見ているだけだった。


【……この種族は雄のみであり、雌は存在しない。】


 エリーナは女性の下半身の方へ回り込み、大きく股を開かせ声を掛ける。


「そう、もう少しじゃ! 力を込めよっ、そう、良いぞっ、その調子じゃ」


「んぐぅ! くっ、いあああっ!!」


【……故に子孫を残す為に、他種族の雌に種付けをし、子を産ませる。】


 全身から冷たい汗が吹き出す。何もしていないのに鼓動が早くなる。それとは対象的に呼吸は浅くなる……息が……上手く呼吸が出来ない……


「んぎゃー、ぎゃー」


「よう頑張ったのう」


【……他種族に種付けし、産まれた赤子は】


 産まれたばかりの赤子をおくるみに巻くとエリーナはその赤子を俺の元へ持ってくる。


 おくるみに包まれたその赤子は……


【……全てゴブリンである】


 ゴブリンであった……


「あぁ……嘘だ……そんな……」


 その赤ん坊を見た瞬間、目の前が真っ暗になったような感覚に襲われ俺は目眩を起こし倒れそうになる。


 エリーナはおくるみに巻かれたその子を俺に渡すと耳元で囁くようにこう言った。


「コレを殺してこい」

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