第8話 手土産

(悲しい話だな……)


 それが率直な感想だった。もう一冊の『英雄ハイデッカの冒険譚』は英雄ハイデッカが聖女とエルフとドワーフ、魔法使いと共に世界中を旅してドラゴンを倒したり、エルフの国に行ったりする冒険の話だった。


 一通り読み終えた頃に『ガチャ』っと玄関の方から音がした。どうやらエリーナが帰って来たようだ。


「師匠っ!おかえりなさい!」


 玄関から家の中に入ってきたエリーナに声を掛ける。


「あぁ、大人しくしとっ……なんじゃ?その格好は? 何故裸なのじゃ?」


(しまった!! 着ていた服は干したままで今の俺は大事な部分を隠す布切れ一枚だった!)


「すいません! 服を洗濯して干したままでしたっ! 直ぐに取り込んできますっ!」


「まぁ待てちょうど良い」


(ちょうど良い……とな? 裸の俺を見てちょうど良いと言う事はそう言うことかっ!!)


「師匠っ!!ようやく俺の愛を受け取ってくれるのですねっ!」


 そう言って今だ玄関の前で立ったままのエリーナの胸に飛び込んで行く……が


 ゴツンっ!


 エリーナの鉄拳制裁を喰う羽目となった。


(解せぬ!!)


「勘違いするでない! ぬしの為に下着と着替えを買うたからそれを着ろと言うことじゃ!! このど阿呆めがっ」


 そう言いながら俺の顔面に大きな布の袋が投げ付けられた。中を開けて覗くと確かに衣類が数着入っていた。


「あっ……えっ? コレ……俺に?」


 予想外のお土産に言葉が出ない。


「なんじゃ? 不満か?」


「いやいやいやいやっ! 不満なんてそんなまさかっ! ただ、意外というか……その、ありがとうございます!」


「礼はいいっ、早う服を着ろっ」


 慌てて袋の中から服を取り出し着ることにした。こういった小さな気遣いがある度にエリーナの優しさを感じる。


「あっ、師匠。ちょっと早いですけど夕食にします?」


「ん?わっちは別にいつでも構わんが?」


「じゃ、洗濯物を取り込んだら直ぐに準備します」


 エリーナにそう告げ、外に干してあった洗濯物を取り込む。洗濯物を取り込みながら、ふと自分が今着ている服を見て、この服はエリーナが俺の為に買ってきてくれたんだなと思うと、それだけで喜びが込み上げ、顔がニヤけてしまう。


 洗濯物を取り込み終え、家の中に入ると先程まで俺が読んでいた本をエリーナが読んでいた。


「あっ、すいません! 勝手に読んじゃって……それに読んだままで片付けてませんでした」


「別に構わん。それよりぬしはこの話を読んでどう思ったかの? ぬしはわっちの事怖くはないのか?」


「んー? 師匠の事を怖いなんて思った事は無いですね。」


 取り込んだ服を畳みながら本の感想を話す。


「そもそも物語の話なんて元となる出来事はあったと思いますが、それに尾ひれがついて大袈裟な話になってるんじゃないかと思ってますから」


 エリーナは俺の話を黙って聞いているだけだった。


「師匠とはまだ短い間しか過ごしてませんが国を滅ぼすような人では無いって事ぐらい直ぐに分かりますよ。師匠は優しい人ですから」


「何故そう思う?」


「国を滅ぼすような冷酷な人だったなら突然同居する事になった人間に服なんか買ってきてくれませんからね」


 にかっと笑いながら今着ている服をつまんでみる。エリーナはバツの悪そうな顔になっていた。


「あと……師匠は死んでしまった王子様を本当に愛してらっしゃったんだなって」


「そこは創作かもしれんぞ」


「それは無いですね」


「何故そう言いきれる?」


「ここにその本があるのがその証拠です。ここには沢山の書物がありますが、ほぼ全て図鑑だったり薬や魔法の事が書かれているような難しい本ばかりです。それなのにその二冊だけが子供向けの物語の本で違和感を感じたんです」


 エリーナはまた黙って俺の話を聞いていた。


「普通ならば自分の事を悪く書いてあるような書物なんて手元に置いておきたく無いじゃないですか。それなのにここにあるって事は置く理由があるんだなと。その理由がこの物語に出てきた王子様なんじゃないかなって。どんなに自分の事を悪く書かれていても、この物語に登場する王子様の事を想ってるからこそこの本を手元に置いてるんじゃないですか?」


 黙って聞いていたエリーナが口を開く


「ぬしは阿呆にしか見えんのに妙な所は鋭いんじゃな……」


「褒め言葉として受け取ります。それともう一冊の冒険譚に出てくる魔法使いも師匠の事なんじゃないですか?」


「確かにそうじゃ……魔女の物語に出てくる国はな、もう一冊の冒険譚の主人公ハイデッカが建国した国だったんじゃ」


「二つの物語は続いているって事ですか?」


「そうじゃ、ハイデッカの冒険譚はな、わしがまだ不老不死になる前……四〇〇年以上も前の話じゃ」


 それから静かにエリーナは語り出した。

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