第9話 遠い記憶
「ハイデッカの旅の目的はな、不老不死の薬を作る為の素材を集める旅じゃった。ドラゴンの血やエルフの隠れ里にある大樹の樹液、高い山の山頂にひっそりと咲く幻の花や深い深い谷の奥底に眠る貴重な鉱石に超古代文明の遺跡に隠された秘宝。それらを集める為の旅じゃった。皆、何度も死にそうな目に合いながらも旅をしたのじゃ」
俺は静かにエリーナの話を聞いていた。
「そのハイデッカと言う者はな、強かったのは勿論じゃが底抜けに明るかった。彼と一緒に旅を続けるのはとても楽しかった。どんな窮地であっても彼がいればなんとかなる、そう思えるようなヤツじゃった」
「好きだったんですか?」
その質問にエリーナは首を振る。
「ヤツが惚れとったんは聖女じゃよ。いくらわしがまだ若い小娘だった頃とはいえ横恋慕するほど愚かでは無かったわい」
だが、そう言うエリーナの表情はどこか寂しげで悲しげでもあった。きっと片想いだったのだろう……。
「それで旅を終えたあと、不老不死の薬が出来たんじゃが一人分しか出来無くてな、誰が飲むかとなりエルフ、ドワーフは元々長寿であることを理由に辞退しハイデッカ、聖女は共に歳をとって生きて行くことを選んだ。それで結局わっちが飲むこととなったんじゃ。それからハイデッカと聖女は結婚してな、小さな街で暮らす事になったんじゃが、いつの間にかハイデッカはその街の長になってな。それから街はどんどん大きくなり最終的には一つの国家として独立したんじゃ」
「まぁ、英雄と聖女が長の街なら人がどんどん集まってきそうですもんね」
エリーナは一つ頷くと話を続ける。
「その後、二人は子にも恵まれ国はその子らに託されていくのじゃが、ハイデッカは死の間際に不老不死となったわっちに対してこの国を支え何かあったら助けてくれないかと頼んできての、わしは陰ながらその国を支えて行くことにしたのじゃ」
「ちょっ! もしかしてそこからずっと二〇〇年以上もその国の為に!?」
エリーナはこくりと頷いた。
なんて人だ……話を聞く限りエリーナは間違いなくハイデッカに好意を抱いていたはずだ。しかし、そのハイデッカは聖女と結婚した。その時のエリーナの心境はどんなだっただろう?
更に好意を抱いていたそのハイデッカから国を支えてくれと頼まれ、好きになった人がいなくなった国を二〇〇年以上も支えてきたなんて……
ハイデッカに対しての想いの深さが伺い知れた。
「まぁ、言うてもわっちは何もせんで良かったんじゃがの。そしてもう一つの話に繋がるのじゃ。」
何もしなかったとは言うが、きっと陰ながら面倒なことを引き受けていたりしたのだろう。
「話の大まかな流れはその本に書いてある通りじゃ、わっちはマキシムと言う男と結婚を約束しておった。そんな時に隣国が攻めて来ての。彼は先頭に立ち軍を指揮し、わっちもマキシムと共に戦場で戦った。しかし、彼以外は無能な者ばかりでの、いくらマキシムが指揮しても言う事を聞かずに逃げ惑うばかりで戦況は悪くなる一方じゃった」
無能な味方ほど恐ろしいっと言うやつか……
「最終的にわっちらの部隊は敵に囲まれてしまっての、マキシムはその戦場からわしを逃がす為に命を落としてしまったんじゃ。最後のマキシムによる決死の奮戦のおかげで戦況は一旦落ち着いたんじゃが城内では貴族共が次の王候補を誰にするかで揉めておった」
嫌な話だ……どこの世界、どこの国でも醜い権力争いはあるんだな……
「無駄な会議が続いた後に出した答えが四人の王子の中から、わっちが見初めた男を次の王とし、その者を軍の指揮に当たらせるというとんでもない案じゃった。二〇〇年もの間に戦争は起こらなかったし、平和ボケしておったのだろう。危機感が全く感じられんかった。ハイデッカの遺言があったからこそこの国を支えてきたというのにその結果がこれじゃ。マキシムを失った喪失感、国の一大事というのに我が身の事しか考えぬ王宮の物達、その時のわっちはその国の何もかもが嫌になってしまっての……その国を出たんじゃ」
「国に未練は無かったんですか?」
「そもそも戦争が起こる前から、わっちは国を出て行こうかと思っておったのじゃ。人の醜さを見すぎてしまった……じゃがマキシムと出逢い、この者がおればまた国を立て直せると思い残ることにしたのじゃが……」
「そのマキシムさんが亡くなってしまい残る意味を無くしてしまって国を出たと……結果戦争に負け、国が滅んでしまったと言う事ですか……もう一つの国の方は?」
「それは自滅じゃ。相手の国はわっちがおった国だけでなく隣接する他の国とも問題を起こしておってな。わっちがおった国を落として直ぐに隣接する国々の連合軍によって滅ぼされたのじゃ」
愛する人を失い、好きだった人が建てた国を捨てることになったエリーナの心境はどんなものだったのだろう? 国を出て一人になって……
不老不死であるが故に死ぬ事も無く一人ここで暮らして……
どんな言葉をかけていいか分からない。
過去の出来事を話すエリーナの顔があまりにも寂しそうな、悲しそうな表情で……
何か言葉を掛けたかったが当時の事を知らない俺がどんな言葉を掛けた所で結局は薄っぺらい言葉にしかならない感じがして……
そう考えていたら勝手に体が動いた。
「師匠、ちょっと怒らないで下さいね……」
俺は立ち上がり椅子に座るエリーナの後ろに立ち、彼女を抱きしめた……
「なんの真似じゃ?」
「わかりません、ただこうしたかっただけです……」
エリーナは俺が取った行動を拒絶しなかった。最初こそ警戒してか体に力が入っていたが、少しづつその力も抜けて俺が取った行動を受け入れてくれた様に思った。
そのまま静かな時間が流れた……
グゥゥウウウゥーー
(やっちまったなぁああ!!! 俺の腹っ!!
俺の腹の音色のおかげで雰囲気ぶち壊しだよっ!)
「締まらん男じゃのー」
そう言ってエリーナはケラケラと笑った。
(あれ? もしかして結果オーライかな?)
俺もなんだか可笑しくなり二人でケラケラと笑いあった。
「しかし話が長くなったとはいえ、腹が減るにはまだ早かろう?」
「あっ、今日は昼飯食べてないんすよ」
「何故じゃ? 食材は十分にあったじゃろ?」
「一人で食べてもつまんないですし、食事は師匠が帰ってきたら一緒にとりたいなと思っただけです。それに師匠が留守の間、勝手に俺だけ食べるのも申し訳無いと思いましてね」
「ぬしは変な所で気を使うんじゃのぅ」
「これでも師匠に対して常に気を使ってるんですよ」
「全くそんな風には見えんわい。それより腹が減ってるのであろう? なら早う飯を作れ」
「あっ、そうですね。今日は食材を色々と買ってあるようなんで、ちょっと頑張っちゃいます」
そう言って夕食を作り出す。今日買い出ししてきたばかりの食材を使い四品ほどの料理を手早く作り、出来た料理をテーブルに並べた。
「なかなか豪勢じゃの」
「服のお礼も兼ねてです。今の自分に出来ることはこれくらいしかありませんからねっ」
俺が作った料理をどれもエリーナが美味しそうに食べてくれ、その顔を見てるだけで幸せな気分になった。
エリーナを後ろから抱きしめた行動にはお互い何も触れなかった。もう一度同じ事が出来るかと言われれば答えは否だ。あれはあの時、あの一瞬だけに許された行動だと思う。
それはお互い言葉を交わさずともなんとなく分かりあえていた。それがなんだか嬉しく感じた。
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