第55話 必要な物


 長い長い夜が明け、村に朝日が降り注ぐ。

 捕らわれていた女性達は少しづつ状況が理解出来た様で、徐々に落ち着きを取り戻し各々の家族の元で休んで貰う事となった。


 俺達も一度家に戻り仮眠を取ると昼過ぎに村人の家に訪れ、その後の様子を確認しに行く。


 村の食糧問題についても考えなければならないが、それよりもまず戻ってきた女性達の容態が心配だった。


「その後の具合はどうじゃ?」


「おぉ、エリーナ様。わざわざ足をお運び頂きありがとうございます。お陰様で今は妻も落ちついて少しづつ食事も取れるようになりました。なんとお礼を言ったら良いものか……」


 家の奥の寝床に横になっていた女性もエリーナに気付いた様でその身を起こそうとしていた。


「よいよい、そのまま寝ておれ。それと礼なら隣りのクライドに言え。こやつがおったからこそ救い出せたのじゃ」


「これは失礼致しました。クライドさんも本当にありがとうございました」


「いえ、皆さんが協力して頂いたからこそ成し遂げられた事ですから……」


 奥さんと思われる女性の容態はだいぶ落ちついている様でとりあえずは一安心出来た。軽く問診し、異常が無い事を確認すると次の家へと向かう。


 それから一件一件村人の家に訪問しては問診を行っていく。


「エリーナ様はこの村の救世主です」

「エリーナ様の魔法を見させて頂きましたが、あまりの凄さに腰を抜かしそうになりましたよ」

「エリーナ様はまるで聖女の様でございました」


 訪れた先々で皆一様にエリーナに対して謝辞を述べていた。


「魔女のわっちに聖女の様とは笑わせおるの」


 そう自嘲気味にエリーナは笑っていたが、実際彼女はそれだけの事をやっていたのだ。


 それに比べ、俺がやった事と言えば村人を煽り討伐に向かわせた事と、赤ん坊のゴブリンを殺したぐらいで……

 浮かれ気分でゴブリン討伐に乗り出しておいてこのザマだ……自分が情けなくて自己嫌悪におちいる。


 一通り巡回し、最後の一件となった。


 最後に訪れたのは村長の家だった。心臓の鼓動が跳ね上がる。家に入る足が重い。


 だが、そんな俺の気持ちを知ってか知らずかエリーナは何の躊躇いも無く玄関のドアを開け中に入る。


「邪魔するぞ」


「おぉ、エリーナ様、クライド様、御足労頂きありがとうございます」


 そう言ってエドマンが出迎える。


「娘の容態はどうじゃ?」


「いや、その……お陰様で身体の方は何の問題も無いのですが……」


 奥を見ると毛布に包まり何やらブツブツと呟いている女性の姿があった。その彼女と目が合ったかと思った途端、急に起き上がり俺に向かってはい寄り胸ぐらを掴んで来た。


「赤ちゃん! アナタ、私の赤ちゃんをどうしたのっ!!」


 言葉に詰まる……心臓を締め付けられる程に苦しい……だが、意を決し真実を告げる。


「あの赤ん坊は……ゴブリンだったので俺が……俺が殺しました……」


「いやああああっ!! 何で? 何で殺したのっ? 私の、私の大事な赤ちゃんをっ!! 許さないっ! アナタを絶対に許さないっ!!」


 彼女の言葉一つ一つが胸に突き刺さる。


「仕方無かったとはいえ……申し訳ありませんでした……」


 今の俺に出来る事は謝罪し、頭を下げる事ぐらいしか思い当たらなかった……


「あの子は……あの子は……」


 彼女は俺の胸ぐらを掴み今にも襲いかかろうとしてきたが、その間に割って入ってきたのはエリーナだった。


「その者に赤子を殺すよう命じたのはわっちじゃ、恨むのであればわっちを恨め」


 その言葉を聞いた途端、サーシャは今度はエリーナに掴みかかる。


「アンタがぁ!! アンタのせいで私の赤ん坊がぁああ!!」


「サーシャっ! 辞めなさい、その人達のお陰でお前達を救い出せたのだぞっ」


 エドマンが掴みかかっていたサーシャを引き離す。


「ふんっ、助けてもらった恩人に掴みかかるとは何とも恩知らずな奴じゃ。それだけ動けるのであれば診察も不要じゃの。行くぞ、クライド」


 そう言ってエリーナはエドマンの家を出て行ってしまった。

 俺はエドマンとサーシャにもう一度頭を下げると先に出て行ったエリーナを追いかける。


 エリーナにはすぐに追いつく事が出来、話かける。


「ちょっと待って下さい、どうしてあんな言い方したんですか? もっと他に言い様が……」


 エリーナは立ち止まると振り向きゆっくりと話し始める。


「のうクライドよ。あの娘に今何が必要か分かるか?」


「それは……時間ですか? 時が経てば心の傷も……」


「違うの」


「じゃあ一体……」


「あの娘に今必要な物はの、憎むべき相手じゃ」


「だからと言って師匠が憎まれる必要は無いじゃないですかっ! 師匠は捕らわれていた女性達を癒し、俺なんかよりずっとこの村の人達に感謝されているのに」


「それはの、主が頭を下げたからじゃ」


「えっ……?」


「あの娘とての、ゴブリンの子は生かしておけぬ事ぐらい分かっておるはずじゃ。しかし、それでも子を殺された恨み、自分がゴブリンの生け贄にされ地獄の様な日々を過した恨み、そういった憎悪の感情を誰かにぶつけたいのじゃ」


 淡々とエリーナは語る。


「じゃがそこで主が頭を下げればどうなる? それ以上主を責める事が出来なくなってしまうであろう。そして何処にもぶつけようの無いその負の感情は心の内に推し留める事となり、それは自信の中でどんどんと増幅して行き、やがてはその身を憎悪の炎で焼き尽くし、いつかは人の道を踏み外してしまうやもしれん」


 この人はそこまで考えて、敢えて自分が憎まれ役になったと言うのか……


「のう、クライドよ。今回の件で主はなにか間違った事をしたと思っておるか?」


 俺は……この村を助けたいと思っただけだ。


「いえ……」


「ならば軽々しく頭を下げるなっ。胸を張れっ。例え己が正しいと思った事であっても今回の様に逆恨みされるやも知れぬ。じゃが間違って無いと思うのであれば、その様な批判も受け止める覚悟を持てっ」


 あぁ、この人はどれだけ厳しいのだろうか……


「その覚悟が持てぬと言うのであれば……初めからこのような事に首を突っ込まぬ事じゃな」


「はい……」


 俺は空を見上げ、顔を手で覆い振り絞る様にそう返事するのが精一杯だった……


「わっちは主の師じゃ。道をたがえる様であればちゃんと正してやる、安心して自分の思うように行動するが良い」


 そしてどれ程までにこの人は優しいのだろうか……


 顔を覆う手を離す事が出来なかった。

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