第4話 永住権

 人里離れた森の奥にポツンと一件建っている古びた建物が彼女の家だった。

 家に入ると俺はその家の中を見回す。部屋の中は薄暗く暖炉で燃えている火と蝋燭の灯りだけが僅かな光源であった。


 本棚には数多くの書物が並び、机の上にはすり鉢や天秤などの道具が置かれており何かの薬品を調合していたかの様な跡がある。

 また暖炉の上の壺には謎の液体がプクプクと泡をたてて何かを煮詰めているようだった。


「エリーナさんはここでどんな生活をしていらっしゃるのですか?」


「わっちはここで薬を作ってそれを売って生計を立てておる。そう言えばぬしは何故あんな所で行き倒れておったのじゃ?」


 家の中を夢中で見渡しているとエリーナからの質問が飛んできた。


「あー、ギルドで薬草採取の依頼受けて薬草探していたら道に迷って遭難したみたいっすね。いやー、こいつアホっすよね」


 笑いながらそう答えるとエリーナは不思議そうな顔つきになる。


「何故、他人事の様に話すのじゃ? ぬし自身の話であろう?」


「あっ、その事ですか。実は……」


 俺はこれまでの経緯をエリーナに話した。自分が別の世界で生きていた事、そしてその世界で死に、天界に行ったこと。そこで女神に突き落とされこの身体に入り込んだこと。入り込んだはいい物の、この身体も死にそうになった所にエリーナに助けられた事。


「……だから本当にエリーナさんには感謝しかないんです。あっ、んで俺の名前は公彦……じゃなかった、クライドっていいます。」


 話終えるとエリーナの顔は呆れたような信じられないような顔になっていた。


「にわかには信じられん話ではあるが、まるっきり嘘と言う訳でも無さそうじゃの」


「いやいや、信じられないのは分かりますが全部本当のことなんですよ。確かに自分でも嘘くさい話だとは思いますけども……」


 まぁ無理もない、こんな話を信じてくれと言うのが無茶な話だ。


「まぁ、おおよその話は分かった。じゃが約束は約束じゃ、今夜は一晩だけ泊めてやるが明日には帰るのじゃぞ」


(ちぃっ!そこを覚えていたかっ!!)


 だがここで「はいそうですか」と引き下がる訳には行かない。何としてもここでエリーナと一緒に暮らすのだ!


「その事ですがお願いがありますっ」


「弟子の件なら無理じゃ。却下っ!」


(うはっ! 先手を取ってきやがった! だがおめおめと引き下がる訳にはいかぬっ!!)


「しかし、自分はまだ駆け出しの冒険者です。しかもこの世界に転生して何も分からない状態なんです。せめてエリーナさんの薬の知識を教えて頂けないでしょうか?」


「じゃが、一晩だけの約束だったではないか……」


「勿論、長居するつもりはありません。最低限、一人で生きていける程度の薬の知識を教えて頂けないでしょうか? お願いします!」


「うむぅ……じゃが……」


 あと一押しかっ!?


「本当に最低限で構いません! その間、炊事、洗濯、掃除、その他雑用なんでもやります! どうか!どうかお願いします! 私を助けて下さい!」


「……」


「……なんでもやるんじゃな?」


(よっしゃあああああぁぁぁ!!!)


 勝ち取った! 俺はこの家の永住権を今、勝ち取ったのである! 最低限なんて曖昧な線引き等あとでどうとでもなる。家事もこれまで一人暮らしをしていた為、お手の物だ。


 とにかく俺は一晩だけという約束から最低限の薬の知識を覚えるまでここに居ることを許されたのである。

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