5-4

 月の光が、カーテンの隙間から、薄く射し込んでいる。半分に欠けた月が、東の空にかかっていた。

 セヴランの体の上には、淡い光を放つ魔法陣が浮かんでいる。ふんわりとした、柔らかな光だ。体も、ほのかに、内側から温かい。回復魔法とは、こんなにも心地良いものなのか。それとも、この青年――クラウスの魔法だから、なのか。

「どうされました?」

 セヴランが目覚めたことに気づき、クラウスが、セヴランの体調を尋ねる。

「手足の痺れや脱力感はありますか? 吐き気は……?」

「いや、何もない。ちょっと目が覚めただけだ」

 小さく息をつき、セヴランが答える。そうですか、とクラウスも、安心したように表情を和らげた。治療が始まって三日目。最後の夜だった。

「経過は順調です。予定通り、この夜が明ければ、治療は無事、終了となります」

 クラウスは穏やかに微笑んだ。疲労を微塵みじんも表に出すことなく。

「……すまなかった」

 ふっとまつげを伏せ、セヴランが、ぽつりと、言葉を落とす。

「こうして目の当たりにして、改めて思ったよ。医術は、魔術に、遠く及ばない」

 下位互換だとさげすまれるのも当然だ。

「いいえ」

 セヴランの言葉を、クラウスは静かに否定した。

「私は、人を広く救えるのは、むしろ医術のほうだと思っています」

「なぜ……?」

 セヴランが視線を上げる。その瞳を受けとめて、クラウスは答えた。

「魔法は、魔力を持って生まれた者しか使うことができません。魔力は遺伝しないので、いつか突然、魔法使いが一人も生まれなくなる日が来るかもしれない。魔法使いは、とても滅びやすい種族と言えるでしょう。それに、魔法の強度や持続性は、個々の魔法使いが持つ魔力の強さと大きさに比例します。魔法使いの中には、使いたい魔法があっても、魔力が足りずに使えない者もいます」

 淡々と静かに、クラウスは言葉を紡いでいく。

「けれど、医術は違います。持って生まれた能力に関係なく、学べば誰でも使うことができますし、努力すればするほど、優れた医師になることが望めるでしょう。魔術が滅びることはあっても、医術は途絶えない。私は、そう思っています」

 それに、とクラウスは、ふっと瞳を揺らした。月の光に、紅玉の瞳が透き通る。

「毒の岩も、医術で治すことは、可能だと思います」

「どういうことだ?」

 セヴランが、食い入るように、クラウスを見つめた。

「魔法では、私が今しているように、毒の岩を数日かけて体内で崩す治療になりますが、医術なら、体を開き、数時間で毒の岩を摘出する治療ができるのではないか、と……」

「それは……一理あるが、随分と猟奇的な治療だ。人々には理解されないだろう」

「そうでしょうか?」

 クラウスは、ゆるやかに首をかたむける。

「貴方は、一理あるとおっしゃってくださった。展望は開けると思います」

「……前人未到だな」

「ならば、貴方が第一人者になれば良い」

 さらりと返したクラウスに、セヴランは一瞬、虚を突かれたように表情を取り落とし、それから晴れやかに破顔した。

「そうだな。こうして救われた命だ。長らえた時間を、医術に新しい風を吹き込み革命を起こすのに使うのもまた、医師として望むべき人生だろう」

 医術を発展させるのだ。医術だからこそできる治療法が、きっと、他にもまだ、沢山ある。探し、きわめ、生み出していくのだ。諦めることなく、一生かけて。

「クラウスと、言ったな」

「はい」

「いつか、医師と魔法士が、共に並び立ち、手を取り合える日のあらんことを」

 そう言って、セヴランは、クラウスに右手を差し出した。クラウスも微笑んで、その手を握る。

「医師と魔法士が協力して治療にあたる……その未来が実現した暁には、君に再び、この手を取り、共に道を照らしてもらいたい」

「はい。私で良ければ、是非」

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