6-3
神殿の内部は奥行きがあり、広い廊下の両側には、重厚な扉が並んでいた。
「貴方が私の結界を破って入ってきたとき、私は最初、私を断罪しに来たのかしらと思ったわ」
貴方の目を見て、そうではないと分かったけれど。
「……断罪……」
「私がここでしていることを、聞いて来たのでしょう」
「……この神殿を訪れた者に、永遠の安楽を与えている、と」
「ええ」
巫女は
「誰にでも与えているわけではありません。ここに迎え入れるのは、
結界の前に立った人間は私の部屋にある水晶に映るよう、魔法を
「それは、どんな基準で……?」
「死を望んでいるという
それに……と、巫女は歩調も表情も変えず、淡々と続けた。
「ここへ迎え入れた仔たちは、これから向かう客室で、
「最後の選択」
「眠り薬を入れた
「どんな魔法を……?」
「何も特殊な魔法ではありません。ただ眠らせる魔法を、その仔の命が終わるまで、かけ続けるだけです」
人の体は、水の供給を断たれれば、早ければ三日、長くても五日ほどで、脱水により死に至る。今、この神殿に、巫女たちしかいないのは、先の天満月の夜に眠りについた者たちは全員、死に絶えた後だからだ。
そして、あと十日ほどで、次の上弦の月の日を迎えれば、また新たな者たちが、ここを訪れる。
「
でも、望まれたことなの。
「先代から役目を引き継いで、もう五十年になるわ。ルネは私の後継よ。私の代で終わりにするつもりだったのだけれど、先月、彼女のほうから私を訪ねてきて、
巫女は振り返らなかった。ただ、ふっと、視線を落とす気配がした。
「私のことが、赦せないでしょう」
呟くような、弱い声音だった。
兄は、静かに返答する。
「赦せないと、感情で貴女を非難するのは、
兄の言葉は、途中で切れた。突き当たりの扉の前に着いていた。
扉を開くと、さらに廊下が続いていて、けれど、これまでと違い、それは狭く、片側は窓で、扉も小さな木のドアだった。
「ここが客室のエリアよ」
巫女は言った。全部で五室ある。
「夕食の用意ができたら、持ってくるわね。さっきの応接間の隣が私の部屋だから、何か必要なものがあったら呼んで頂戴」
そう言い添えて、巫女は、にこりと笑い、そして、ふと慈しみの色を
「貴方は、私を非難しないのではなく、できないのね」
貴方が抱える絶望に、関係しているのかしら。
「生かすべき者を死なせるのが罪なら、死なせるべき者を生かすのもまた、罪といえるでしょうからね」
運ばれてきた夕食は、パンとスープに、魚のソテーだった。豪華でこそないが、決して粗末ではない。
この神殿は、寄付で維持されているのだという。《
『兄さん、それ、食べて平気? 毒とか入ってない?』
リュカがフンフンと鼻を鳴らす。兄は笑って、スープを飲んだ。
「大抵の毒は分かる。この食事に、毒は入っていないよ」
お前の干し肉も毒味しようか、と兄はリュカのトレイに、ひょいと手を伸ばす。
リュカは慌てて干し肉に
そもそも……と、リュカは不思議に思う。狼の姿になって、人の言葉を話せずにいるのに、兄は、どうして、リュカの言いたいことが分かるのだろう。獣の言葉が分かる魔法なんて、ないはずなのに。
じっと兄を見つめると、兄は、ああ、と笑みの形に目を細めた。
「お前の言いたいことなら、何となく分かるんだ。お前が生まれたときから、俺はお前の兄だから」
ずっと一緒に生きてきたのだから。
兄は、さらりと笑った。至極当然のように。
それなら……とリュカは悔しく思う。
リュカだって、生まれたときから兄の弟なのだ。それなのに、自分には、兄が何を考えているのか、ちっとも分からない。
『それで、兄さん、どうするの?』
ここを、このままにはしておけない。
「そうだな。……あの《揺籠の巫女》の後継だという、ルネさんと話をしてみようと思う」
少し気になることがあるんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。