6-4

 客室エリアの手前にあった、広い廊下に出る。両側にずらりと並んだ重厚な扉のうち、一枚の扉の隙間から、明かりが漏れていた。

 クラウスは、そっと扉を開ける。

 中は広く、天井まで届く棚が何列も造りつけられ、無数の小さな白いつぼが、整然と収められている。壺には、ひとつずつ、人の名前と日付が刻まれていた。

 奥の棚の前に、ルネがいた。壺のひとつを見つめながら。

「このエリアにある部屋は、全て、納骨堂です」

 そう言って、ルネは、クラウスを振り返る。暗い瞳だった。

「この国では土葬が常ですが、ここは山で、墓標を立てる場所もありませんから、遺体は神殿の裏にあるかまで火葬し、この納骨堂に収めています。この骨壺も、その窯で焼いています」

 この神殿で死を選んだ者たちの骨は、全て。

「貴女は、なぜ、みずから巫女の後継に……?」

 クラウスは尋ねた。ルネは、ふっと視線をらし、呟くように答えた。

「後継になること自体は、目的じゃなかった」

 ルネの口調が変わる。そっと棚に手を伸ばし、先程見つめていた骨壺を撫でる。

「私が後継になることを願い出たのは、そうすれば、この納骨堂に入ることができるから……そして……」

 骨壺を撫でる手を、すっと引いて、ルネは、胸もとを両手で掴む。苦しげに肩を震わせて。

「っ……あの巫女に……復讐できるからよ……!」

「ルネさん……⁉」

 異変を察したクラウスが駆け寄るのと、ルネが血を吐き倒れるのは同時だった。

「……遅効性の毒よ……巫女と私の夕食に混ぜたの……今頃、巫女も……ざまぁみろだわ……」

「っ、リュカ!」

 ぐっと眉根を寄せ、クラウスはリュカを振り返る。

「巫女を探して、ここへ運んできてくれ!」

 張り詰めたクラウスの声に、リュカは即座にうなずき、走っていく。

 クラウスも素早くルネの上に魔法陣を展開した。

「……解毒魔法をかけるつもり……? やめてよ……このまま死なせて……」

「……それは、できません」

「……どうしてよ……」

「貴女の、本当の望みでは、ないはずだからです」

 魔法陣が光を放つ。急げ。毒が死に至らしめる速さに解毒が追いつかなければ、助けられない。

「……貴女が、本当に、巫女を殺してみずからも死ぬことを心から望んでいたのなら、私がこの神殿に来る前か、あるいは去った後にはかれば、こうして私にはばまれることはなかった」

 毒の解析が完了する。あとは分解していくだけ。大丈夫だ。間に合う。間に合わせてみせる。

「巫女の言葉にありました……死を望んでいるという者の中には、本当は、誰かに止めてもらいたい、生かしてもらいたいと、願っている者もいると……」

 貴女も、そうではありませんか?

 クラウスの声が、静かに、ルネの上に落ちていく。それは呼水よびみずのように、ルネの瞳に涙を生んだ。

「……恋人……だったの……」

 ぽつり、と、瞳からこぼれる雫とともに、ルネの言葉が伝い落ちる。

「……不治の病で……巫女のところへ行くって……手紙だけ残して……私、ずっと彼を探して……ここへ辿たどり着いたの……巫女の目を盗んで……彼の骨を探した……」

 それが、あの骨壺だった。

「……どうして……生きてくれなかったの……?」

 弱い呼吸で、かすれた声で、ルネは泣きじゃくった。

「ねぇ、どうして……、どうして……私のために、生きてくれなかったの……?」


――命の終わりまで、一緒に生きてくれなかったの?


『兄さん!』

 リュカの吠え声に、クラウスが振り向く。ぐったりとした巫女を背負い、リュカが駆け戻ってくる。クラウスは巫女をルネの隣に横たえると、すぐにもうひとつ、魔法陣を展開する。

「……なぜ、助けるの……?」

 巫女が、薄く目を開け、クラウスを見上げた。

「……死なせたくないからです」

 弱まる呼吸と心拍を賦活ふかつさせる回復魔法と、解毒魔法を、二人同時にかける。光が強まり、クラウスの体に魔力の負荷が一気にかかる。クラウスは唇を引き結んだ。

「……このまま死なせてくれれば……皆……楽になれるのに……」

 救われるのに。

 巫女が、息の下で呟く。その瞳を受けとめて、クラウスは言った。

「……確かに、死が救いになることもあるでしょう」

 でも、貴女たちは違う。

「貴女たちは、死を救いにしてはいけない」

 魔法陣の光が、一際強くなる。クラウスの額に、じわりと汗が滲む。回復魔法は、死に向かう命を追いかけ、掴み、連れ戻す魔法だ。間に合え。間に合うんだ。命の砂が、落ちきる前に。

「……部屋に案内するときに……貴方が言いかけた言葉の続きが分かったわ……」

――貴女を断罪できるのは、死を望んだ者を、貴女の代わりに救い生かした者か、あるいは――

「私に……大切な人を殺された……遺族たち……なのね……」

 巫女の表情がゆがんだ。微笑以外の面持ちを、初めて浮かべたような泣き顔だった。

「……皆……私に……お礼を言って……眠りについたのよ……ありがとうって、言ってくれたの……感謝されたの……私……感謝されて嬉しかったの……」

 巫女は泣いた。

 少女のように、あどけない泣き方だった。

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