6-5

 降り注ぐ朝陽に、つゆに濡れた神殿が、まばゆく輝いている。

 冷たく澄んだ山の風が、兄の長い髪とローブを、微かになびかせ吹き抜けていく。

 神殿の階段の下まで、ルネたちは、見送りに来てくれた。巫女は――巫女だった老女は、ルネの後ろで、幼い子どものように、きゅっとルネの衣の端を握っている。

「どうか、元気で」

 貴方たちの旅路の無事を祈っているわ。

「ありがとうございます」

 ルネさんたちも、と兄も微笑を返す。

「クラウスさん」

 兄を見上げ、ルネは微笑んだまま、意を決したように、口を開いた。

「私、これから、この人と、人の死に寄り添う仕事をしていこうと、思っているの」

 生きていたくないと望む人と、生きていてほしいと願う人のあいだで。

「不幸せから解き放たれるために死を早めるのでなく、幸せを注ぎ満たされるために生を全うできるように」

 辛苦の果ての死は、悲哀しか生まないから。

「命は救えなくても、心は救えるように」

 死を望む心も、生を願う心も。

「……貴方も」

 ルネの後ろで、ずっとうつむいていた老女が、そこで初めて、口を開いた。顔を上げ、兄を見つめる。

「人を生かすなら……貴方は、絶対に、死んでは駄目よ……人を生かしたいなら、貴方も生きて……人を生かしたなら、生かしただけ、貴方も生きなくてはいけないの……」

 老女の言葉に、兄は、ただ微笑んだ。それは、首を縦に振る代わりの微笑だったのか、それとも、横に振る代わりの微笑だったのか、リュカには分からない。

 兄と並んで、山を下りていく。

 木漏れ日が、きらきらと光をいていた。

 鬱蒼うっそうと空を閉ざす木々の下でも、それははかなく、けれどついえず、兄とリュカの行く先を照らしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る