6-2
王都を
「リュカ」
ふと、兄が足を止めた。
「結界だ」
兄の言葉に、リュカは目を凝らして周囲を見る。けれど、目の前に広がる風景に、不自然なところは見当たらない。さっきまでと何も変わらない森の景色が、ずっと先まで続いているように見える。
けれど兄は、まるでそこに壁があるように、すっと手をかざした。瞬間、目の前の景色に光の
「行こう、リュカ」
再び歩き出した兄の隣に、リュカは、ぴたりとついていく。何かあれば、いつでも兄を守れるように。
所々
「ここか……」
小さな神殿が、森の中に
静かだった。人の声は、ひとつも聞こえない。周囲を見回しながら、兄が一歩、神殿に続く階段に足をかけたとき、
『っ! 兄さん! 伏せて!』
リュカが吠え、兄を制止する。兄が足を止めた瞬間、兄の頭上を、光の矢が掠めていった。攻撃魔法だった。リュカが即座に身を
「……巫女様の結界を破って入ってくるなんて……」
神殿の奥から、若い女性の声がした。続いて響く靴音。真白の長衣に身を包んだ女性が一人、階段の上に姿を現した。歳は兄よりも少し上だろうか。小麦色の肌に、明るい緑の瞳。緩い癖のある赤毛を、後ろで長く編んでいる。
「貴方たちは、巫女様に招かれざる者。即刻、立ち去りなさい」
でなければ……と、女性はこちらを睨みつけ、再び手を掲げた。二撃目が来る――リュカが身構えたとき、
「待ちなさい、ルネ」
女性の後ろから、別の女性の声が響いた。赤毛の女性と同じ衣装を
「巫女様」
「ルネ、大丈夫よ。その方に、こちらに対する敵意はないわ」
そして老女は、階段の上から、兄を見下ろす。凪いだ湖水のように、揺らがない微笑を
「私の知らない目的を持って、私を訪ねてきたようね。私の結界を破った魔法使いは、貴方が初めてよ」
さらり、と長い銀の髪が、真白の衣の上を流れる。階段を下り、老女は兄と目線を合わせた。
「……貴女が《
「ええ。そう呼ばれているわ」
澄んだ琥珀色の瞳を笑みの形に細めて、老女――巫女が
「貴方、絶望を知っているわね。私を求める
巫女の言葉に、兄が僅かに身を固くする。表情には、
兄さん……?
完璧に情動を抑えた兄の横顔からは、その心の内を読み取ることができない。
巫女は続けた。
「でも貴方は、その絶望に
そう言って、巫女は
「山の日暮れは早いわ。どうぞ中へ、お入りなさい。今は私とルネしかいないもの。貴方たちの目的を、聞かせていただくわ」
神殿の一角、応接間らしい部屋に通され、席に着く。応接間といっても、簡素な木のテーブルと長椅子が並んでいるだけで、豪奢な調度品の
ルネが熱い紅茶を運んできて、それぞれのカップに注いでいく。まだ夕方と呼ぶ時間ではないはずだが、神殿を囲む高い木々は、少し陽が落ちただけで光を遮り、部屋の中は薄暗い。
「……それで貴方は、ここがその《起源の地》あるいは《果ての地》かもしれないと思って来たわけね」
「はい。そして、人を異形に変える魔法を解く方法を探しています」
兄の話を聞いた巫女は、紅茶を一口飲むと、緩く首を横に振る。
「そういうことなら、ここは外れね。ここがそんな場所だなんて、先代からも伝え聞いていないし、そんな魔法は、私も知らないもの」
「……そう、ですか……」
小さく肩を落とした兄に、巫女は軽く首を傾けて微笑んだ。
「山道を歩いて、お疲れでしょう。今から山を下りても、夜までに
案内するわ、と巫女が静かに席を立つ。兄は少し複雑な表情を浮かべたものの、お礼を言って、巫女の後に続く。ルネが、ちらりと視線を上げ、兄を見た。けれど、視線に気づいた兄が振り返ると、ルネは、ぱっと顔を
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