7-2

 昼下がりの森のそば。少年――アルマンは、家からこっそり持ち出した剣を手に、村外れの小道を歩いていた。

 パトロールだ。村の周りに張った獣けの鈴が千切れていないか、柵が壊れていないか。そして万一、獣が出たときには、自分がこの剣でやっつけてやる。そんな、幼い血気にはやって。

 初夏の陽射しが照りつけて、アルマンのひたいに汗が浮かぶ。片手の甲でそれをぬぐい、アルマンが剣を握り直したとき――

 すぐ近くで、獣除けの鈴が鳴る音がした。

 はっと振り向いたときには、既に遅く。

 アルマンの背丈の倍以上ある、熊蜥蜴ベアリザード――巨大な熊のような体に蜥蜴とかげのような尾を持つ獣――が、鋭い爪を振り下ろしてくる。

 剣を構えるどころか逃げることもできず、アルマンは、その場に凍りついたように立ちすくんで動けなくなった。

 瞬間。

 アルマンの体を、光が包んだ。それは、獣の爪をたてのようにはじき、アルマンを守った。

 続いて、黒い影が、横から獣に飛びかかる。

 狼だった。黒い大きな狼が、獣の喉に噛みつき、爪を立てている。

 獣が悲鳴を上げ、大きく身をひるがえし、狼を振り払うと、森へ逃げ帰っていった。

 狼が、ひらりと着地する。

 アルマンは、ぺたりとその場に座り込んだ。

「君!」

 凛とした声が響いて、アルマンは振り向く。見知らぬ青年が、アルマンのほうへ駆け寄ってきた。真直ぐな長い黒髪を、左肩の上で緩く束ねている。ローブを身にまとっているのをみると、魔法使いだろうか。そして、何よりアルマンの目を引いたのは、青年の瞳だった。今までに見た、どんなあかつきの空よりも赤く、透き通ったくれない。アルマンは刹那、目を奪われた。

「良かった。怪我はなさそうだね」

 青年の声に、アルマンは、はっと我に返る。

 青年がかがんで、アルマンに優しく微笑みかけていた。

 さっき自分を包んだ光は、この魔法使いがかけてくれた防御魔法だったのだろう。

 そして、獣と戦ってくれたのが……。

 アルマンは、ちらりと視線を移した。青年の後ろで、大人の背丈ほどもある黒い狼が、乱れた毛並みをつくろっている。

「……勇者様……」

「えっ?」

「勇者様だ!」

 アルマンは、勢いよく立ち上がると、青年のローブをつかんで引く。

「こっち! 爺ちゃん……じゃなかった、村長! 村長のところへ来て!」

 ぐいぐいと青年を引っ張って、アルマンは村へと急ぎ戻った。



「爺ちゃん!」

 祖父の家が近づいて、アルマンははやる気持ちを抑えきれずに呼びかけた。

「こら! アルマン! 外では村長と呼びなさいと、あれほど……」

 庭でおのの手入れをしていた老人が顔を上げ、アルマンが見知らぬ青年と狼を連れているのを見ると、驚いたように瞬きをした。

「アルマン、その方は……?」

「勇者様だよ!」

「勇者?」

「いえ……ただの魔法士です。旅の途中で……この子が獣に襲われているのを見て、それで……」

 青年が苦笑しながら、村長に説明する。

「……また、村の端……森の傍に行ったのか……」

 危険だから行くなと言っておるのに……と村長が嘆息する。

「孫を助けていただき、ありがとうございます」

 村長は、深く頭を下げた。

「ねぇ、爺ちゃ……村長」

 アルマンが、村長のそでを引く。

「この人に、結界を直してもらおうよ。魔法使いなんだから」

 村長を見上げ、アルマンは僅かに鼻を膨らませる。興奮したときのアルマンのくせだ。

「結界?」

 青年が尋ねる。村長は、困ったように、頭をいた。

「村の周りには、森の獣から村を守るための結界を張っていたのです……結界石を使って……しかし、数日前、結界石の魔力が切れ、結界が解けてしまったのです」

 元々ある獣けの鈴や柵では効果が乏しく、既に畑が荒らされたり、家畜が襲われる被害も出ている。新しい結界石を買おうにも街は遠く、今ある結界石に魔力を充填してもらおうにも、こんな辺鄙へんぴなところへ来てくれる魔法使いのあてもない。

「若者は皆、出稼ぎに行ってしまって、冬まで帰ってこないのです。ここに残った年寄りと子どもでは、街に行くのは難しくて……」

 このままでは、村人も、いつ獣に襲われるか知れない。

 弱りきった表情で、村長は項垂うなだれる。

「大変なご事情、お察しいたします。私で良ければ、結界石に魔力を充填いたしましょう」

 青年が、いたわるように柔らかな笑みを浮かべる。隣で狼も、小さく鼻を鳴らした。

「良いのですか……?」

 村長が、食い入るように、青年を見上げる。

 もちろん、と青年はこころようなずいた。

 アルマンは瞳を輝かせる。

 強くて優しい。やっぱり勇者様だ。

 大好きな絵本に出てくる勇者も、旅の途中で、沢山の人を助けていったのだから。

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